空飛ぶちびまる (自由気ままに)

おひとり様女子のエッセイ

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やりたいこと(情熱)探しはやめて「価値のある活動か」を主軸に置く

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画像:photoAC白つばきさん

 

やりたいこと(情熱)が感じられない

 

わたしは、子供の頃から、「好き」、「やりたい」、「〇〇になりたい」など、ある一定の対象に、ものすごく強い感情を頂いたことはありません。

 

だから、今も昔も、「これがものすごく好き」、「寝ても覚めても考えちゃう」といった対象物はありませんし、感じることができません。

 

コーチングを受け始めて、自分が生まれ持って持ち合わせている資質(才能)のシーズがどの分野かというのは理解することができましたが、どんなに自分の「好きかも」という対象物を考えて、掘下げてみても、大した想いにはならず、また、それがどのように、仕事に結びつくのかも、強い思い(情熱)がないからこそ、感じられないし、見つけられない、という状況に陥りました。

 

現在わたしは、何の不自由もなく、どちらかというと現在のライフに満足していて、ハッピーライフ。

 

だけど、どことなく、ちょっとぽかんと穴が開いているというか、物足りなさを感じています。

 

20代~30代に夢見た仕事につき、役職も裁量も得て、かつ、現在新たに、アライアンスのプロジェクトの推進役となり、これとないチャンスにも見舞われ、日々忙しく、申し分ない状況なのですが、それでも、どういうわけか、物足りなさを感じるのです。

 

贅沢なのですが、そう感じている自分がいるのは確かなので、どうしようもない。

 

50代を目前として、それが一体なんなのかを見つけ、50代のライフワークを見つけようと、数回で10万円ほどのコーチングを受けているわけですが、残念ながら、答えは出ません。

 

ないものは、ない

 

5回のコーチングセッションを受けて、ようやくたどり着いた結論は、「ないものは、ない」です。

 

おそらく、世の中には、「しょーもなく、どうしようもなく〇〇が好きで好きでたまらない!」という対象物に出会える人もいるでしょう。

 

でも、わたしは、そんなものに出会ったこともないし、これから出会える気もしない。

 

きっと、それはわたしの素(性質)なのでは、と思います。

 

でも、そう感じているのはわたしではないということが、下記のTedTalkで認識しました。

 

To find work you love, don't follow your passion | Benjamin Todd | TEDxYouth@Tallinn

 

www.youtube.com

 

Stop searching for your passion | Terri Trespicio | TEDxKC

www.youtube.com

 

同じように、「自分には情熱を感じられるものがない」と思っている人は、世の中にたくさんいるのだろうなと、思います。

 

上記2つのTedTalkを拝聴し、とても勉強になったとともに、安堵しました。

 

ある意味、区切りをつけられそうです。

 

興味があることではなく、価値があることに注目する

 

上記のTedtalkで、とても勉強になったことは、興味があることに注目してしまうと、仕事と結びつかないことが大半であり、世の中にとって「価値があること」に注目することが大事だということは、わたしが抱える物足りなさを埋めるヒントとなる考え方でした。

 

興味があることを書きだしてみましたが、確かに、「なんとなく好き」なだけであり、それ以上何もないというものがほとんど。

 

だから、「自分がやりたいこと」や「好きなこと」主軸を置くと、体に雷が落ちるほどの衝撃を受ける出来事、対象を体で感じられない限り、情熱の対象は見つからない。

 

情熱というのは、体で感じるものであり、頭で考えて探すものではないというメッセージは、とても腑に落ちます。

 

価値があることは利他主義に基づく

 

この世の中において、価値があることというのは、自分以外の誰かを幸せにしたり、他人の役に立つことであり、自分の利益に直結する価値ではないということ。

 

これは、わたしにとって、とてもチャレンジなことです。

 

なぜなら、わたしはコミュニティが苦手というか、あえて関わってこなかったところがあり、できることなら一人でいたいという性質があり、どう転んでも利他主義な要素がないからです。

 

もちろん、目の前にいる他人が困っていたり、悲しんでいたら、間違いなく助けるし、できることを最大限しようとする心はありますが、「大儀」となりうる、利他主義というのは、残念ながら、まだわたしには芽生えません。

 

もしかしたら、「利他主義」を感じられるほどの、学習や経験が足りないのかもしれません。

 

なんせ、避けてきましたから、そういうの^^;

 

でも、「大儀を果たしたい」という欲はあります。

 

また、いままで募金などしたことありませんでしたが、なんとなく24時間テレビにポチっと募金をした自分がいました。

 

はじめての経験です。

 

どうしてかは、わからないけど、なんとなく、自分の中で、自分以外の誰かを思いやる気持ちが芽生えてきているんでしょうね。

 

価値があるものに主眼を置く

 

自分が利他主義になれるかどうかは、ひとまず脇に置いておいて、まずは、自分が今置かれている環境に感謝し、目の前に転がっているチャンスや活用可能なことに目を向け、自分の気持ちがどうであれ、世の中的に価値のある活動か否かを考えてみることにしました。

 

自分自身、強い情熱を感じるわけではないけれど、世界のたくさんの人たちにとって、価値があると思われるソリューションに主眼を置き、そこに注力し、仕事として一生懸命取り組めば、いつの日か、こんなわたしにも「使命感」みたいなものが生まれるかもしれないなと。

 

まずはやってみる。

 

それがわたしの流儀なので、その後、自分が学習し経験していくなかで、何か心に火がつく状態を作れたとしたら、それはそれでラッキーと思うようにすれば、少しは気が楽。

 

幸い、今関わっている仕事は、まったく関心がないという分野でもないし、成功すれば、きっと世の中の役に立てるという仕事なので、まずは、取り組んでみようと思う。

 

コーチングを受けた感想

 

わたしにとって、人生初のコーチングセッション、それもマスターレベルのコーチにお世話になってますが、6回のセッションで終了しようと思います。

 

理由は、これ以上続けても、答えはでないからです。

 

答えを出すのは自分であり、コーチではない。

 

そして、その自分の中に感じるものがなければ、どんなに対話を続けても、あまり意味がないと思えるからです。

 

でも、コーチングを受けたことは、まったく後悔してません。

 

なぜなら、それなりに、自分自身に気づきがあり、その気づきのもと、自分が興味あることを調べ、行動し、それなりに、自分を理解するに至ったからです。

 

コーチングを受けたからと言って、自分の中に情熱が見つかるわけではないということも、コーチングを受けたからこそ体感できたこと。

 

わたしの場合は、夢見た答えはでなかったけれど、今回の結論が次につながると考えています。

 

「価値あることに主軸を置く」そして、

「国際的に働く」そして、

「あるがままに生きる」ということを

再確認できたことは、大きな収穫です。

 

また、コーチングとは全く違うソースから見つけた強み診断の結果、自分の資質を理解し、今までの行動や感情とリンクできたことは、今後のわたしのキャリアに大きく影響すると思います。

 

「自分で気がつくことができる」ということは、とても大切であり、また、「腑に落ちる」というのも大切です。

 

50代のわたし、楽しみです💛

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる

 

自己実現欲求の段階に来た

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画像:photoACStudio A.T.さん

 

承認欲求は満たされた

 

わたしはずっと、承認欲求に突き動かされて、今まで生きてきたように思います。

 

それは、主に仕事の面での欲求が、特に強かったように思います。

 

今は、小さい世界ながらも、少なからず、自分の仕事ぶりや能力を、周囲から認めてもらえた感を実感することができ、わたしの承認欲求というものは、今終息しつつあります。

 

おそらく、欲求というのは、人によって満たされるためのタンクの大きさは異なって、わたしの場合、そのタンクは、それほど大きなものではなく、ある程度、自分が生きている世界(社会)の中で、それが満たされればもう満足してしまう、という程度の大きさなのだと思います。

 

もしかしたら、自分では気がついていないだけで、まだまだ承認欲求は満たされていないかもしれないのだけれど、ひとまず、自分で感じているあたりを信じて、次の段階に進んでみたいと思ってます。

 

マズローによると、人の欲求というものは、ひとつずつ、段階を得て満たされていき、人の欲求の中で最上級の欲求という「自己実現」の段階へ突入。

 

自己実現欲求とは

 

自己実現の段階へ突入といっても、自分でもまだ、よく理解していないところがあるので、まずは言葉の意味から復習。

 

自己実現とは

 

《self-realization》自己が本来もっている真の絶対的な自我を完全に実現すること。

自分の目的、理想の実現に向けて努力し、成し遂げること。

デジタル大辞泉より引用

 

とあります。

 

「自分の目的、理想の実現に向けて努力し、成し遂げること」のほうが、理解しやすいので、こちらの意味で考えてみると、

 

まず、「自分の目的や理想」を見据えないといけないということですね。

 

自分の目的や理想を考える

 

今までわたしは、自分自身を主軸において生きてきました。

 

そして、基本的には、今後もそれは変わらないと思います。

 

ただ次のステップ「自己実現」の欲求を満たすには、わたしの場合は、「自己と社会のつながりの中にある価値」が何なのかを見つける必要があるように感じてます。

 

ベクトルが自分自身に向かった価値では、自己実現の欲求を満たすための壁は突破できないように感じてます。

 

要するに、自分の目的や理想は、自分自身にあるものではなく、自分を取り巻く社会に見出すものなのではないか、ということです。

 

これまでのわたしの人生は、自分自身が感じることだけに注力してきましたが、これからは、自分自身が感じることが、「社会の役に立つ何か」とつながっていて、そこに大きなパッションを感じるということが大事なのかなと。

 

それが何なのか、まだ、わたしにはわかりません。

 

きっとそれは、社会に対して大きな不満や怒り、悲しみなど負の感情とリンクしていることであり、それをなんとか改善、もしくは解決したいという大きなエネルギーにかわるもの。

 

これまで、わたしはあまり、社会の問題などに関心を持たずに生きてきてしまいました。

 

どこか他人事というか、「自分が考えてもどうにもならない」と思う節がありましたし、まだ、そういったところが自分にはあります。

 

すっかり大人な年齢になったけど、そのあたりが、ものすごく未成熟なまま、生きてきてしまいました。

 

 

だいぶ、年齢を重ねてしまいましたが、今、少しずつ、自分はもっと、社会に目を向けて、自分がどのように役に立ちたいのか、考える時なのかもしれません。

 

目の前のことに目を向けてみる

 

社会のさまざまな問題や課題において、自分がお役に立てることって何だろう?と考えてみると、あまりに多くの問題や課題が頭をよぎり、自身の無力さの波が押し寄せてきてしまいます。

 

なので、あんまり遠くの大きなところを考えるのではなく、まず、自身が日々関わっている目の前のことで、自分が役に立てそうなことに目を向けてみることに。

 

わたしは、縁あって、ここ10年ほど、バイオライフサイエンスの世界に携わってきています。

 

でも、正直なところ、わたしは、科学者でも、研究者でもないし、もともとサイエンスが好きというわけでもないので、あんまり興味を持てる世界ではありません。

 

でも、それ以外に、何か自分の心が揺さぶられるほど興味があるものがあるかと聞かれると、残念ながら、何もない。

 

なので、生化学や化学など、細かいアカデミックな小難しいことはひとまず脇においておいて、バイオライフサイエンスの世界で働くものとして、わたしには何ができるだろうかと、考えてみることにしました。

 

そもそも、バイオライフサイエンスとは?

 

バイオ・ライフサイエンス分野は、医療・創薬を始め、エネルギー・環境・健康・食糧など、将来の人類の生活全般に幅広い貢献が期待される科学技術分野であり、産業としての成長性も極めて高いものである。千葉県HPより引用

 

わたしが勤める会社は、主に、「医療・創薬」に関わるバイオ・ライフサイエンス分野であることから、「病気の人を助ける」、もしくは「人々を病気から守る」という大義が関わってきます。

 

わたし自身の強みとスキルを考えてみると、

 

強み

①最上志向(最高のものに高める)

②達成欲(結果が出るまでやり抜く)

③コミュニケーション(自然に主導権を握る)

④調和性(異なる意見を一致させ実現)

⑤責任感(約束したことを徹底的にやり抜く)

 

スキル

①英語力

②国際感覚

③経営学

④海外実務経験

⑤異文化勤務経験

 

というのがあるので、

 

考えられる役割キーワードとして、

 

①国際プロジェクト(医療・創薬)への関与

②ブリッジング(橋渡し)

③世界へ伝達・浸透

 

→国際ヘルス社会への貢献

 

というのが考えられます。

 

このあたりを深掘りすることで、今置かれている場所で、置かれているポジションで、自分の中に、社会に役立つための目的や理想(実現したいこと)が見えてくるかもしれません。

 

誰かの役に立つことが鍵

 

今更ながら、50歳手前になって思うことですが、人は結局のところ、誰かの役に立ちたい、誰かを笑顔にしたい、という欲求に行きつくのではと、薄々感じてます。

 

わたしは、「自由に、あるがままに、素のままで生きていたい」というのは譲れない信念ではあるのですが、それだけでは満たされない、ということを、気がつき始めています。

 

人と関わることや、しがらみから逃れたいという気持ちも多々ありますが、残念ながら、その一方で人と関わることを心から求めている自分もいます。

 

まだまだ、具体的に、どんな風に、わたしは誰かの役に立って、大役を務められるのか、わかりませんが、めげずに考えたいと思います。

 

そんな葛藤の中で、わたしは今日も生きてます^^

 

それでは、みなさま、 have a nice day

 

by ちびまる

自分の才能(強み)を理解する

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画像:photoAC紺色らいおんさん

 

生まれ持った才能を知る

 

わたしは、いま、50代をどう生きるか、そんな問いと向き合っていまして、コーチングを受けています。

 

コーチングを受ける中で、いろいろ自分なりにググったり、動画検索し、何かヒントにんものを見つけられないかと探していましたら、八木仁平さんの動画を見つけました。

 

八木仁平さん。

 

自己理解の専門家で、「夢中になれる人を増やす」という価値感のもとにお仕事をされていて、彼の動画から、多くのことを学びました。

 

わたしも、自分を理解して、夢中になれる人でありたいと思いました。

 

その中で、自分の才能が分からない人が、才能を見つける4つの方法 という動画を聴講しました。

 

とてもわかりやすく、すっかりはまってしまって、まずは自分の資質を理解しようと思い、ストレングスファインダーVIAという診断ツールで資質分析をしてみました。

 

自分の生まれ持った資質、それは、自然にできることで、頑張らなくてもできてしまう才能。

 

その自身が持つ生まれ持った才能というものを活かすほうが、より人生楽しく生きられる可能性があるとのことで、さっそく自己理解にチャレンジ。

 

自分の才能領域を知る

 

 

ストレングスファインダーは177の質問を20秒/1問で直感で答えていき、①影響力、②実行力、③人間関係構築力、④戦略的思考力の4領域に分類される34の資質項目の順位付けにより、強み(才能)TOP10と、弱みワースト10を知ることができます。

 

わたしの強みとは

 

わたしの強みは、「影響力」でした。

 

【TOP10】

1.最上志向(影響力)

2.達成欲(実行力)

3.コミュニケーション力(影響力)

4.調和性(人間関係構築力)

5.責任感(実行力)

6.アレンジ(実行力)

7.活発性(影響力)

8.自我(影響力)

9.慎重さ(実行力)

10.自己確信(影響力)

 

それぞれの資質、性質、そして自分だけの特質レポートを読む限り、「そのまんま」わたし、でした。

 

わたしの弱みとは

 

そして、わたしの弱みは、「戦略的思考力」でした。

 

【ワースト10】

1.包含(人間関係構築力)

2.回復志向(実行力)

3.原点思考(戦略的思考力)

4.収集心(戦略的思考力)

5.指令性(影響力)

6.分析思考(戦略的思考力)

7.戦略性(戦略的思考力)

8.適応性(人間関係構築力)

9.未来志向(戦略的思考力)

10.社交性(影響力)

 

見事なまでの、戦略的思考力の資質がワースト10に入りました。

 

これまた、資質の特徴を読む限り、腑に落ちるところが多々あり、これまでの自分の人生を振り返ると、ワースト10の結果にものすごく納得。

 

そのまんま、感じるがままに回答しましたら、ほんと、自分をそのまんま、客観的にかくかくしかじか説明されている気がして、その結果に驚きました。

 

強みも、弱みも、私自身が感じていることと、そのまんまだったので、ある意味、自分の才能と弱みを改めて確認できた、という感じでした。

 

今までの疑問が腑に落ちた

 

わたしは、質を追い求め、ゴールを定めたらひた走り、自分自身の思い、意見、考え、感じたこと、経験などを正直に表現するのが好き、アウトプットが好きというところが、わたしの大きな特徴であり才能なのだと思いました。

 

また、わたしがずっと疑問に思ってきたこと、「やりたかったことを達成してしまうと、その情熱は沈下してしまう」ということ。

 

下記の説明で腑に落ちました。

 

”次から次へと行動に駆り立て達成させて行きます。ひとつ何かを成し遂げるとその炎は一瞬静まりますが、またすぐ燃え出し、次の目標へまた次の目標へと、あなたを前進させ続けます。達成に対するあなたの絶え間ない欲求は、必ずしも論理に適っていないかもしれません。方向すら定まっていないかもしれません。レポートより抜粋”

 

これか、と思いました。

 

また、わたしは、ゲームやスポーツなど、戦略を考え、先手を打つような思考が苦手というのは、ずっとコンプレックスとして抱えてきました。

 

それは、戦略的思考力に弱い、ということかと。

 

経営学を学びましたが、見事に、①収集心、②戦略性、③分析力に乏しいという結果を受けて、なんとなく、、、これまた腑に落ちるところがありました。

 

わたしはそもそも、あんまり頭で考えることが得意ではなく、どちらかというと、感じて表現するというほうが得意ですし、好きです。

 

また、人間関係について。

 

ワースト1位が包含。

 

わたしは、好き嫌いがはっきりしていて、苦手なタイプからは距離を置く傾向があり、また、社交性という部分は以前から不得意と感じていました。

 

営業という職業柄、「意外だね」なんて言われますが、わたしは、グループや、団体行動、大人数があつまる場などがあまり好きではなく、居心地の悪さを感じてしまうほうなのです。

 

その点も、ワースト10に社交性が入ってきたというのは納得できます。

 

VIAの結果にも納得

 

VIAは英語の診断でした。

 

こちらは、なんとなく納得できるような、できないような、そんな結果でした。

 

【トップ10】

1.愛

2.誠実性

3.美や才能に対する感謝

4.不屈の努力・根気

5.寛容・許すこと

6.独創性

7.公正性

8.大局観

9.自己調整

10.思いやり

 

わたしは、真面目で、努力家、大切な人はとことん大事にする、という点においては共感できます。

 

でも、寛容さ、大局観はどうだろう?と思うところは、あります。

 

診断結果はあくまで参考指標

 

これらの診断は、占いとちょっと似たところがあるので、すべてをうのみにするわけではありませんが、傾向をざっくり把握するには、大いに参考になる診断指標だと思います。

 

自分の才能と弱みがわかれば、才能があると自分でも納得できる領域であれば、そこに注力し才能を最大限活かし、弱みは、できる限り、周りにフォローしてもらう方向で割り切っちゃえばよいかなと思ってます。

 

才能をどう活かすか

 

これらの才能をどう活かすか。

 

それがこれからの課題です。

 

才能(強み)は、使い方次第では短所にもなるというのは、新たな学びでした。

 

わたしは、最上志向と達成欲が強いため、あまりに強引に自分の意思を押し出し走り過ぎてしまうと、周りを置いてきぼりにしてしまう傾向があります。

 

それは、わたしをよく知る人から、教えてもらった私の短所。

 

あらためて、自分の強みと弱みを知ることで、よりシンプルに、周囲とも向き合いやすくなり、また、不要なコンプレックスを抱く必要もないということを理解できたので、診断を受けてみて良かったと思ってます。

 

才能を知った後は、今度は、

 

①好きなこと(興味があること)

②なぜ、それをやる意味があるのか(目的)

 

を自分の中に見つける必要があると感じています。

 

まだまだ続く、自己理解の道のり。

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる

 

 

オタクになりたい

 

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画像:photoACみいあさん

 

オタクに憧れるわたし

 

オタクという言葉を耳にした時、想い描く印象は人それぞれだと思いますが、わたしは、いま、オタクという性質にある種の憧れを抱いています。

 

「オタク」とググると、いろいろな意味が出てきますが、オタクの定義について、赫々しかじか説明がありましたので、引用します。

 

オタクとは、

 

「単純に何かに熱中している人、一つのテーマに没頭している人」

 

「オタク」文化について :: 同志社女子大学

 

そう、わたしは、この何か一つのテーマに熱中し、没頭できるという性質に強い憧れを抱いているということが、コーチングセッションを通じて自覚しました。

 

マンガ、アニメ、鉄道、ラーメン、コスプレ、なんでもよいのですが、一つのことに強烈に心惹かれ、まわりを気にせず、自分の世界に浸れる性質を持っているオタクに憧れます。

 

周りの人にとってみれば、もしかしたら、迷惑なこともあるかもしれません。

 

だって、まわりを気にせずに、自分の世界に没頭しているのだから。

 

きっと、オタクと言われる人たちには、彼らなりの悩みや苦悩ももちろんあるのでしょうけど、そこまで心を奪われるものに出会えた、オタクと言われる人は幸せなのではないかと思うのです。

 

コーチングを初めて3回目のセッションが終わりました。

 

コーチングセッションのテーマは、「50代にライフワークにできる何かを見つけたい」というもの。

 

わたしはこれまで、思い返せばすごい勢いとエネルギーで、なりたい自分を目指して突き進んできました。

 

20代から想い描いて、手に入れたかった自分を、50代て前にしてある程度実現できた今、わたしは次のステップに進む何かを模索しています。

 

次のステップのキーワードは、「わたしの価値を見つけること」です。

 

自分の中の価値とは、周りからの評価など関係なく、自分自身で完結できる喜びや楽しさです。

 

わたしはこれまで、周りからの評価、承認欲求を満たすために、突き進んできました。

 

周りから、「すごいね」と言われたいがために。

 

でも、ある程度、いろいろやってきて、周りから評価されている感を実感できるようになった今、ある意味、周りからの評価というよりも、今度は、自分自身で完結できる喜びや楽しみが欲しくなってきました。

 

ただ困ったことに、それが何なのか、さっぱりわからない。

 

誰になんと言われようとも、「わたしはこれが好き」と言えるものが欲しい。

 

オタクと呼ばれる人たちは、たぶん、強烈な「これが好き」というものを自分の中に持っていて、飽くことない時間をその対象物に向けて過ごせるのだろうと思うのです。

 

それって、ものすごくうらやましい。

 

強烈な興味を持てない自分

 

物心ついた頃からそうですが、わたしには、強烈に「これが好き」というものがありません。

 

強烈に感じられる対象物がないのです。

 

また、普通一般的に盛り上がるであろう、関心を持つであろう事柄にも、どちらかというと関心が薄く、心惹かれない自分がいます。

 

例えばオリンピック。

 

4年に一度アスリートたちの晴れ舞台。

 

日々とてつもない練習量をこなし、それこそその競技に膨大な時間を費やし一点集中している人たちは、ある意味オタクと言っても良いかもしれない。

 

全てを犠牲にし1点に全集中をし賭けに出るからこそ、アスリートは感動を生み出すのだと思う。

 

頭ではわかっているのに、それほど心から惹かれる興味を感じられない自分がいます。

 

競技を見始めれば、それなりに夢中にはなるのですが、周りほど夢中にはなれない。

 

人にも物にも、何か強く思いを馳せられないわたし。

 

だからこそ、強烈に何かを好き、興味があって仕方がないという人たちがうらやましいし、それが一体どんな感覚なのか知ってみたいです。

 

強烈にハマる人たちへの憧れ

 

わたしは、「激レアさんを連れてきた」とか、「世界ニッポンに行きたい人応援団」という番組が好きです。

 

なぜなら、その番組の主人公がオタクだからです。

 

何か1つに強烈に心惹かれて止まない人たちにフォーカスし、その人たちの「強烈に好き」というストーリーに触れられるからです。

 

中にはしょーもない「ドはまり」をしてしまう人たちもいますが、それでも、「おもしろいなー」と思うのです。

 

例えば、今まで特に印象に残っているオタクな人たちは、

 

「激レアさんを連れてきた」

〇大正時代にドハマりした女性

〇手の感触で塩と会話できる塩職人

〇四足歩行にハマったアスリート

〇バク転しまくりな少年

 

「世界ニッポンに行きたい人応援団」

〇鰹節にハマった人

〇ぬか漬けにハマった人

〇金継ぎにハマった人

〇左官職人になった人

など。

 

「何かを好きでしょうがない」ということを体験できている人たちのストーリーには関心があります。

 

わたしにも、何か一つでも良いから、強烈にハマるもの、興味があって仕方ないものを見つけたいです。

 

見つけられるかなぁ。。。

 

見つかるといいなぁ。。。

 

見つけよう!!!

 

それでは、みなさま have a nice day

 

byちびまる

プチご褒美で気分は上々↑↑↑

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心を開放し気分をあげる

 

毎日、生きていれば、いろいろと大変なこともある。

 

でも、心と体さえ元気があれば、なんとかなる。

 

心を元気にするには、一切合切メンドクサイこと頭から捨てきって、自分の心を開放してあげなくちゃいけない。

 

まぁ、わたしの心は日ごろから開けっ放しで、開放しっぱなしであるのだけれど、そんなわたしでも、やはり、毎日ストレスってもんがあります。

 

なので、子供のように、自分の心に正直に。

 

これが、元気の源です。

 

自分に「ひまわり」を買う

 

今日はお花を飾りたい気分。

 

いつも行くお花屋さんで、元気いっぱいに咲いている、ひまわりを目にし、なんだか気持ちがひまわりに向いたので、いつもは、バラを1本買うのですが、今日は、ひまわりを1本頂きました。

 

ひまわりの黄色、そして、まぁるい形のヒマワリは、なんだか、見ているだけで元気が出ます。

 

ひまわりって、なんだか、ニコニコ顔、笑顔に見えるんです。

 

夏の風物詩の一つでもあるし、今回は夏らしく、ひまわりを我が家に迎え入れよう。

 

お花はいいですね、見ているだけで、気持ちがあがります。

 

200円で幸せな気分になれるのだから、安いもんです^^

 

優雅な空間でひとりランチ

 

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数日前に、ホットペッパーグルメから、「7/31付で1,139ポイント有効期限が切れます」とメールがきたので、思い立って、ひとりランチで使ってきました。

 

当日でネット予約できるところが数件しか出てこず、その中に見た目がゴージャスなレストランがあったので、そこにしました。

 

14:00過ぎにいったので、ひとっこ一人おらず、ピアノのBGMを聴きながら、ひとりランチ。

 

完全貸し切り状態で、かなりの非日常的な時間でした。

 

ランチセットにしようかと思いましたが、「夏野菜とメカジキのバルサミコソテー」という美味しそうな響きのメニューがあったので、普通にメインディッシュを頂くことに。

 

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まずはサラダから。

 

シャキシャキっとしたレタス、その他お野菜で美味しく頂きました。

 

新鮮な野菜って、なんだかとっても元気がでます。

 

ジム帰りで、ちょうどお腹もすいていたこともあり、あっという間にぺろりとたいらげちゃいました。

 

紙のランチョンマットには、お洒落なアンティークチックな地図のデザインで、古代ローマ帝国時代!?(勝手な妄想)のイタリアが書いてありました。

 

フィレンツエ、ミラノを思い出しながら、「あー早く海外に出たい」と思いながら地図を眺めてました。

 

どういうわけか、こういったちょっとしたおしゃれな感じに、テンションあがるんですよね。

 

そしてテーブルランプはイミテーションでしたが、炎がちゃんと揺れていて、演出するには十分です。

 

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こちら↑↑↑素材の味がちゃんと生かされていて、野菜の甘味、メカジキもしっかり味がして、美味しかったです。

 

そしてパンが、しっとりとオリーブオイルがちょっと絡まっていて、温かくてふわふわで、こちらも、美味しかった💛

 

温かいパンが出てくるって、なんだか嬉しい。

 

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白ワイン飲みたい気分でしたが、車だったので、アイスカフェラテにしました。

 

カフェラテの味もしっかりしていて、総合的に大満足のランチでした。

 

飲み物、サラダ、パンがついて2,000円。

 

今回はポイント1,100円使ったので、900円也。

 

ポイント使わなくても、2,000円でこんなに優雅な気分になれるのなら、安いもんです。

 

料理を待っている間に読もうと思って、持参したのがこちらの書籍。

 

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優雅な場所には、あんまり似合わない本ですが、今ちょうどコーチングも受けていて、アンテナが立っていたところに、LinkedInの記事で見つけた本。

 

50歳からの人生戦略は「図」で考える

 

アマゾンで「ポチっと」しちゃいました。

 

久しぶりに、なかなか面白い本と出合いまして、読み始めました。

 

50歳を目前にして、50代をどう過ごそうかと考えていたことろでしたので、良いタイミングで本書と出会いました。

 

結局、すぐにお料理が出てきちゃって、2~3ページしか読めませんでしたが、ピアノの音楽聞きながら、ちょっとした緊張感のあるゴージャスなレストランで、ひとり読書をするというのは、なかなかの非日常的体験でした。

 

たくさん自分の好きなように時間を楽しんだ後は、エネルギー満タンなので、仕事します。

 

仕事といっても、自分のためにやる仕事。

 

会社のためではない。

 

自分の将来を考えて、自分で主体的に取り組む仕事。

 

週末だろうがなんだろうが、仕事もやりたい時にやる。

 

そんな人生がいい。

 

自分の人生は、すでに十分過ぎるぐらい豊かなので、いつ死んじゃっても悔いはないのですが、もう少し、欲張って、豊かさレベルをストレッチしてみようと思います。

 

それでは、みなさま have a nice day

 

by ちびまる

糖尿病の投薬をはじめる

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画像:photoAC ichirokuさん

 

右肩上がりの空腹時血糖値

 

30代の頃は、自分が病気になるなんて、まったく思ってもいなかったのですが、40代にさしかかって、ひょんなことから、自分は食後高血糖&糖尿病かもしれない、というのを知りました。

 

なんとなく、認めたくなくて、また薬を飲むのもメンドクサイなと思ってしまって、今まで見てみぬふりをしてきました。

 

生活習慣病の代名詞としても言われる「2型糖尿病」は、なんとなく、生き方にダメ出しをされている感もあったりして、「食事と運動で、なんとかしなさい!」と尻を叩かれる思いなのですが、、、結局大して改善できず、というのがよくあるオチです。

 

50代にさしかかる今になって、コロナ禍において、糖尿病についていろいろ考えさせられることもあり、ワクチン接種の件もあり、なんとなく、心の中で、「わたしは持病持ち?」という疑念を払しょくできなくなり、

 

そんな中、下記の通知が検診協会から届いてしまって、、、ついに印籠を突き付けられた気分です( ̄□ ̄;)

 

赤文字の「あなたは、今ここ!」↓ 

というメッセージが、「ついに来てしまった」と。

 

どうにもこうにも逃げられない気分になりました。

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わたしの空腹時血糖値は、10年前から見事に右肩あがりで、ちょっとずつ、ちょっとずつ上がってきて、ここ数年で境界型ギリギリのところにいたのですが、ついに、境界型の上限を超えて+1の127mg/dLという結果に。

 

幸い、ヘモグロビンA1Cは5.7と、こちらもギリギリ基準値に入っているのですが、止まってくれない空腹時血糖値の上昇のせいで、ついにレッドゾーン、糖尿病型に突入してしまいました。

 

数年前に、クッキーミールテストというのをボランティアで行い、わたしの数値だけ、飛び抜けて高く200mg/dLをゆうに超えたので、病院でブドウ糖負荷試験を行った結果、「あー、こりゃ、インスリン出にくいタイプだねー」と、完全にOUTな結果に。

 

わたしは、やせ型ではないですが、太っているというほどでもなく、いわゆる中肉中背のややぽっちゃりなので、「わたし糖尿病かも」と周囲に言うと驚かれますが、体系は関係ないんですね。

 

どんなに太ってても、しっかりインスリンが出て血糖値が正常であれば糖尿病じゃないですもんね。

 

また、「アジア人は欧米人に比べて、インスリンが出にくい人が多い」というのを風のうわさで聞いたような気がします。

 

以前、ブドウ糖負荷試験をした際に、薬を処方されたんだけど、どことなく、自分が糖尿病であることを認めたくなくて、薬を飲みませんでした。

 

食事と運動でどうにかしようと思ったけど、どうにもなんなかった・・・💦

 

 

もう、これは、腹をくくって、自分は「持病持ち=糖尿病」であることを認めるしかないと思ってます。

 

家族全員が糖尿病

 

わたしの父方の祖父母、両親、兄弟、家族全員が糖尿病です。

 

祖父母はすでに他界してますが、わたし以外の家族は全員、糖尿病のお薬飲んでます。

 

遺伝的なものも、もしかしたらあるのかもしれませんが、家族というのは寝食を共にする時間が長いですから、自ずと食べるものからして同じものを食べるので、糖尿病になっても、おかしくないのだと思います。

 

特に、家族全員が甘いもの好き、炭水化物好きで、じいちゃんは、桜でんぶをしこたま振りかけたご飯を食べるのが大好物だったし、ばあちゃんは、あんころ餅や、おはぎなど上手に作れちゃうものだから、しょっちゅう食べてたし、わたしの父と兄は、甘い缶コーヒーが大好きで、一日2~3本飲んじゃうし、わたしの母は、わたしと似てデザート大好きだし。。。

 

そんなわたしも、甘いものが大好きで、糖尿病かもしれないと思い始めた40代前半までは、ぜんぜん、本当に全く気にせず好きなものを食べてました。

 

ダメダメな食生活

 

今考えると、学生時代から、ダメダメな食生活をしてました。

 

ドカ食いとかはできないので、量的には問題ないと思うのですが、問題は食べたもの。

 

うちの家族は父が早い時に大病して、ものすごく貧乏になった時期があります。

 

その頃、わたしはコンビニでバイトしてたので、廃棄処分のパンなどもらって食べてました(今はたぶん許されないだろうけど)。

 

今考えると、炭水化物摂取量は、半端なく多かったと思います。

 

菓子パンなど食べ放題で、朝起きた瞬間に菓子パンを口に頬張り、学校でも間食に菓子パンを食べ、昼休みにお弁当を食べても、その後、焼きそばパンなど食べてました。

 

とにかく、お腹が空いてどうしようもない時期。

 

特に、チョコチップメロンパンが大好きで、一時期、毎朝ごはんをチョコチップメロンパンで済ませるという、ひどい食生活・・・。血糖値急上昇しまくり!!!

 

まじで、ダメダメな食生活でした・・・。

 

オーストラリアにいた時も、なんも気にせず、ミートパイ、ピザ、フライドポテトなど大量に食べていた記憶がありまして、一気に5kg増量したこともあります。

 

マクドナルドに行けば、当たり前のようにコーラがついてきますしね^^;

 

極めつけが、30代の後半に、MBA大学院2年間オンラインで受講していた際に、20時から勉強はじめて、夜中2時に寝るという生活だったんですけれど、その間の間食が「おはぎ」でした・・・。今考えると、恐ろしい・・・。

そしてきっと、一番ダメだったのが、毎晩2Lのスポーツ飲料水をラッパ飲みしてたという・・・なんとも恥ずかしい状態。

 

当時、やたら喉が渇いてしまって、ちょっとあっさり目のスポーツドリンクを好んで飲んでいたんですよね。

 

無知というのは恐ろしいもので、スポーツドリンクにたっぷりの砂糖が含まれるなんて、これっぽっちも考えずに飲んでました。

 

きっと、そういった積み重なった悪習慣が祟って、糖尿病を発症したのだと思います。

 

食事に気をつけても時すでに遅し

 

大学院を卒業し、一時期体を壊したりもして、健康を意識するようになりました。

 

そして、空腹時血糖値が全く下がらなくないという状況に気が付いた頃から、少しずつ、口に入れるものについて、考えるようになりました。

 

今ではなるべく、一番最初に新鮮なサラダ(オリーブオイルと塩コショウ)、お味噌汁、おかずを食べて、最後にご飯を食べるなど、食べる順番も気にするようになりました。

 

また、甘い缶コーヒーを辞めて、ブラックコーヒーに切り替えました。

 

でも、やっぱり、どうしても、甘いものが食べたくなっちゃうんですよ。

 

和菓子、洋菓子、スナック菓子、チョコレート、アイスなど。

 

なるべく食後に食べるようにしたり、ひとりの時は、なるべく食べない努力をするようにはしてますが、食べたいものは、食べたいのです、どうしても。

 

忍耐力が恐ろしく弱いわたしは、欲求と感情にすぐ負けてしまいます^^;

 

子どもの場合は親が止めてくれるけど、大の大人で、独り身のわたしは、自分で自分にブレーキをかける以外方法はないのですが、なんせ自分に甘いため、ブレーキが効かず・・・。

 

そんなこんなで、糖尿病になってしまいました。

 

これはもう、自業自得以外、何物でもありません💦

 

はい、自分のせいです(_o_)

 

投薬をはじめる

 

コロナのワクチン接種もあり、かかりつけ医に相談しました。

 

「あなたは、今ここ!」の通知書を持って、先生に相談しました。

 

先生曰く、糖尿病と断定するほどの数値でもないんだけど、病院で採血した記録を見ると、いつも数値が100を超えているから、まぁ、確かに高いっちゃ高いねー、とのこと。

 

ただし、ヘモグロビンA1Cが正常値だからなぁーと、悩む先生。

 

わたしの感触的に、医者によって、すぐにお薬出す医者と、「食事と運動で改善しなさい」と言って薬をすぐに出さない医者とわかれるように思います。

 

先生もわたしも、悩んで悩んだ末、軽めのお薬から、投薬をはじめるということに決めました。

 

理由は、

 

1.家族全員が糖尿病であること

2.空腹時血糖値が糖尿病型の域であり、年々上昇していること

3.ヘモグロビンA1Cも比較的高めであること

4.ブドウ糖負荷試験で200超えたこと

5.50歳手前という年齢(若くないということ)

 

そろそろ老化現象も気にしなくてはならない年代ということで、投薬することで、動脈硬化のリスク回避を選ぶという結論になりました。

 

まずは、軽めのお薬を投与してみて、3か月後に空腹時の血糖値が下がるかどうかを検証する予定。

 

こちら↓処方されたお薬。

 

朝ごはんを食べた後1回だけ飲むお薬。

 

インスリン分泌を刺激するGLP-1を切断する酵素DPP4を阻害するお薬です。

 

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糖尿病というのは、よっぽど悪くならないと、まったく症状がでないので、軽視しがちな病気だと思うのですが、徐々に血管を脆くしていく病気なので、突然、うちの父みたいに、血管がぶちっと切れてしまうリスクを考えると、恐ろしい病気です。

 

食事でなんとかしようっていっても、結局、楽しいことに流されるというか、楽しいことを捨てられないので(捨てたくないので)、お酒も飲むし、スイーツも食べるし、ラーメンだって、ごはんだって食べたい。

 

だったら、思い切って、投薬して、糖尿病である自覚をしっかり持って、その上で節制する(食べる量を気をつける)という選択をしたほうが良いかなと思いました。

 

薬の副作用とか考えると、ちょっと怖くなったりもするけれど、それよりも、血管がもろくなり動脈硬化のリスクの方が怖いなと思ったので、投薬を選びました。

 

健康診断で基準値超えているけど、見てみぬふりをしているそこのあなた^^

 

一度、医療機関に相談するのも良いかもしれませんね。

 

わたしは、これを機に、糖尿病と向き合って生きていこうと思います。

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる

お尻のムレを解消! 空調ざぶとん(どこでも座・クールミニ)

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合成革デスクチェアの欠点

 

コロナ禍でテレワークが増え、座りやすいデスクチェアーを買ったのはいいのだけれど、合成革ゆえ、夏場はお尻がとにかく蒸れます。

 

テレワークで、基本的には、ず~~~~っと座りっぱなしで、気をつけて、たまにストレッチなどしてみても、お尻のムレは解消されず、悩んでおりました。

 

椅子の材質が合成革ゆえ、熱がこもってしまい、どうしてもムレちゃって、どうしたものかと。

 

扇風機を当ててもダメ(それも壊れた)

冷房をガンガンつけてもダメ

バスタオルを敷いてもダメ

 

でした。

 

そろそろ更年期障害のお年頃にさしかかる私は、それでなくても、なんとなく汗をかきがち(のような気がする)なので、ちょっと座っているだけでも、汗をかいてしまって、とにかく不快感が半端ないのです。

 

どうにもその不快感に耐え切れず、買ってしまいました、空調ざぶとん - その名も、どこでも座・クールミニ。

 

どこでも座・クールミニ

 

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これ↑ず~~~っと気になっていて、ついに買っちゃいました。

 

株式会社空調服という会社の商材です。

 

空調服専門の会社のようです。

 

わたしは楽天ショップで購入しました。

 

item.rakuten.co.jp

 

どこでも座・クールミニ

4,950円(税込み)送料無料

単三電池4本 or 別売りアダプター必須。

アマゾンでも同額で売ってます。

 

広告キャッチに完全に惹かれてしまいました。

 

夏場のお尻の救世主!

ひんやり蒸れ知らず!

 

素晴らしいマーケティングだと思います。

 

「あー、そうそう、そうなのよ」と思っていることが、そのまんま書いてあって、私の胸に突き刺さる言葉ばかりで、買わずにはいられない、そんな心境に陥りポチっと購入。

 

全然蒸れず快適

 

原理としては、特殊加工な座布団に空気を通すことで、熱を逃がす(こもらせない)仕組みです。

 

若干スイッチ入れずらい、電池を買わなくてはならいなど、面倒なことはありますが、全然蒸れません。

 

短パンで、直に座っても、ぜんぜん汗をかきません。

 

ずっとさらさらです。

 

空調の扇風機が回るような音はしますが、気になりません。

 

買って正解でした。

 

アダプターを買っちゃったほうが良いかもしれません。

 

電池は交換がメンドクサイかも。

 

 

屋外でも使えちゃう優れもの

 

コンパクトに持ち運びができるので、電車や車での長旅にも使えます。

 

コロナ禍で長旅に出ることは、今のところないですが、コロナが落ち着いたら、すぐにでも出かけたい。

 

夏場はやっぱりお尻に汗をかいてしまうので、どこでも座・クールミニを持っていけば、どこでもお尻サラサラ、快適でいられます。

 

久しぶりに出会った逸品です。

 

お尻が蒸れて困っている人、おすすめですよ^^

 

それではみなさま have a nice day

 

by ちびまる

 

人生はじめてのコーチングを受ける

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画像:photoAC熊澤充さん

 

念願のコーチングを受ける

 

コーチング。

 

30代前半に、とても興味を持ったものの、経済的に余裕がなくて、手を出せなかったことのひとつ。

 

きっと、対価を支払うことはできたものの、心の準備が整っていなかったのだと思います。

 

目の前のことに追われ、自分の欲求に従い追い求め、毎日を生きることに忙しくて、すっかり忘れていたコーチング。

 

50歳手前になって、また、コーチングに興味を持つとは、思いもしませんでした。

 

 

今、この年になって、その時が来たのかもしれません。

 

わたしが信じていること。

 

自分の人生に必要なことは、自分自身が引き寄せ、また、上手い具合に巡り巡ってくるものだということ。

 

必要な時に、必要なもの、必要なこと、必要な人、必要な機会、すべてが巡りまわってきて、それをつかまえるか否かは自分次第。

 

コーチングは、今のわたしに必要なことであり、また、それをつかまえるだけの準備が整ったということだと思います。

 

コーチの質、相性、価格など、いろいろ悩むポイントはありますが、どのコーチに受けるかという点については、わたしは、幸い、迷いもせず、1人のコーチに決めることができました。

 

なぜ決められたか。

 

直感でしかありません。

 

コーチングを受けるなら、この人と直感で決めてました。

 

わたしは大事な局面において、だいたい直感で決めてきています。

 

その結果、大きな失敗や後悔はないので、自分の内臓感覚を信じて良いと思ってます。

 

コーチングの価値は自分が決める

 

今回、1回目のセッションを受けました。

 

価格は、庶民(わたし)にとっては決して安いものではありません。

 

でも、自分を信じてコーチングに踏み切って正解でした。

 

1回目から、わたしは、お金には代えられない価値を得ることができました。

 

月2回、まずは3か月投資しようと思っています。

 

コーチングは、コーチに対価を支払うのだけれど、その価値(額)は、自分自身の将来の価値と置き換えると、支払う額はあまり気にならなくなります。

 

わたしの人生は、1時間に〇万円かけるだけの価値があるのだと、と思えば良いと思います。

 

コーチングの価値は、お金で計れるものではないと思います。

 

安い、高いというものではなく、そこに自分自身が価値を見出せるか否かが大事。

 

コーチングの価値は、受けた本人にしか感じられないもの、だと思います。

 

なぜなら、それは唯一無二の個人の感情とコアとなる思想に直結するものだから。

 

きっとそれは、どんなに言葉で第三者に伝えようとしても、伝わらないし、伝えられない価値なのだと思います。

 

自分の内側の発見

 

自分のことは自分が一番わかっていると思ってしまうものですが、自分を自分で客観的に見るのは難しいものです。

 

また、本当に自分が求めているもの、探しているもの、それはきっと、自分の人生のステージ、タイミングにより、だいぶ異なってくるものかと思います。

 

自分が次のステージに進む時、コーチングの力を借りるというのは、有効だと思います。

 

コーチとの対話を通じて、自分を客観的に理解していく、それはとても興味深いプロセスであり、自身の人生を全うするにあたり、価値ある時間であり、また価値のあるプロセスだと思います。

 

今回、1回目のセッションにおいて、わたしは2つの発見をしました。

 

ひとつ目は、ニーズと価値の違いを、自身の人生を通じて知ったこと。

 

ふたつ目は、自分にとっての価値を見つけるヒントが得られたこと。

 

なんとなく、心のどこかでわかっていたかもしれないことが、明確にロジカルに浮き彫りとなり、心から腑に落ちる、しっくりくる発見、瞬間がありました。

 

きっとそれは、誰かから「こうだよ、こうなんじゃない?」って言われて感じられるものではなく、コーチという鏡(質問)を通じて、自身の心と対話をすることで、気がついてしまうこと、です。

 

自分自身で気が付くというのは、腑に落ちる、心から実感できるということ、なのだと思います。

 

自分の芯の部分から、「あーそうか」と思えることは、マインドセットをするにあたり必要不可欠なプロセスだと思います。

 

わたしの発見

 

今回、わたしがコーチングを受けるテーマは、

 

「50代にライフワークを見つけること」です。

 

コーチングを思い出したきっかっけは、日々、目の前にある仕事上での課題、問題、トラブル、葛藤などを解決したいというものでしたが、時間を割くのであれば、もっと自分の人生において、大きなテーマでコーチングを受けたいと思いました。

 

まったく答えがない、真っ白なキャンパスに10年後の自分の姿を描くような作業です。

 

真っ白なキャンバスに、ひとつずつパーツを書いていく、そして、点であるそのパーツが、点から線、線から面となり、全体像が見えてくるのであろうと、考えています。

 

1回目のセッションでは、今現在、わたしが感じていること、そしてその背景には何があるのかを紐解いていく作業でした。

 

わたしが今、感じていること。

 

20-40代に、やりたいことは全て躊躇なく実行し、やりきった。

やりきったこと、経験できたこと、達成できたこと、それ自体は満足している。

でも、それは、達成と同時に過去の産物となり、わたしの中で幕を閉じてしまう。

まるでひとつの映画が終わるかのように、終わった途端、そのやり遂げたことは何処へ?と思ってしまうほど、関心の輪の外にいってしまう。

 

それはなぜなのか。

 

ずっと、自分の中で不思議というか、なんでだろうなーと思ってました。

 

その謎が解けました。

 

ニーズと価値の違い

 

これまでのわたしは、まるで食欲を満たすかのように、承認欲求を追い求めてきたのです。

 

だから、ひとつずつ、達成するごとに、その達成したことに対する周囲からの評価、承認をひとつずつ得てきた。

 

が、しかし、それがある程度、満たされてしまいました。

 

ニーズ(欲求)

 

食欲、性欲、睡眠欲がわかりやすい例で、満たされない、満たされるまで、そのことばかり考えてしまう、満たされないレベルが高ければ高いほど、生理的欲求はとんでもなく強くなり、どうしようもない。

 

人は誰しも、認められたい、注目されたい、感謝されたい、そういう生きもの。

 

承認欲求。

 

特にわたしは、これ、承認欲求が、とんでもなく強かったからこそ、大きなエネルギーでいろんなことをやり遂げることができた。

 

わたしも含めて、大多数の人間が、人生のたいていの時間、この承認欲求を満たしたくて、突き動かされ、それを追い求めているように思います。

 

ニーズ(欲求)は、満たされるまで止められないし、人を突き動かすとてつもなく大きいエネルギー。

 

でも、欲というのは、満たされた瞬間、意欲を失う。

 

今のわたしは、ある程度、今まで追い求めてきた承認欲求が満たされた状態なのだと思います。

 

満たされてしまった今、キャリアにおいて、モチベーションが続かない。

 

わたしにとって、お金は大事なものであっても、一番ではないし、必要な分があれば、それである程度満足してしまいます。

 

特別、買いたいものもないので、お金がものすごく欲しい、という状況でもない。

 

今のわたしに必要なのは、自分にとっての価値を見つけること。

 

価値とは、普遍的なもので、持続可能、飽くことない何か。

 

自身の存在が認められなくても、自分にとって大きな喜びとなるような何か。

 

わたしは、今まで、自分にとっての価値を見つめる機会はあったようで、なかったように思います。

 

なぜなら、その価値に関心を持つ前に、承認欲求を満たすことで頭が一杯だったから。

 

50代て前になって、今までの自分とこれからの自分を客観的に考える機会を持てることは、幸せなことだと思います。

 

3か月のコーチングセッションを通じて、わたしは、「自分にとっての価値」をビジュアル化し、その価値をどのようにキャリアを通じて見出し表現していくのか、わたしの人生設計の骨組みを作っていこうと思います。

 

久しぶりの高揚感(わくわく)

 

1回目のコーチングセッションで得た一番の収穫は、高揚感(ワクワク感)です。

 

久しぶりに、感じました。

 

ワクワク感。

 

これまでの人生も十分に幸せで、今この時も、わたしはとても幸せなんだけれども、新たな自分、新たな世界に出会えることを考えると、とてもワクワクしています。

 

ワクワク感は、わたしにエネルギーを与えてくれます。

 

自分にとっての価値を、しっかりと認識できた時、それはどんな気持ちなのだろう、どんな世界なのだろう、そしてその先には、どのような未来が広がっていくのだろうかと考えると、とてもとても楽しみです。

 

コーチングを受けるか迷っている方、迷っているならまずはやってみる、というのはありかと思います。

 

数万円で新しい、知らないことを肌身で感じ、経験できるのであれば、わたしだったらやってみることを選びます。

 

経験を通じて得られることは、誰にも奪うことができない財産となりますから。

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる

遠く離れた親友へお誕生日のビデオレター

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画像:photoACmomo105さん

 

ドイツに嫁いだ私の親友

 

7月4日。

 

今日はアメリカ合衆国の独立記念日という歴史的に大事な日。

 

そして、ドイツ人と結婚し、10年ほど前に、ドイツに嫁いでいったわたしのベストフレンドのお誕生日でもあります。

 

彼女と出会ったのは、わたしがちょうどシドニーで、アロマセラピストとして活動し始めたばかりの頃。

 

アロマの資格を取ったのが2001年7月だから、そのちょっと後ぐらいかな。

 

かれこれ15年ぐらいのお付き合いとなります。

 

出会った頃の記憶は、シドニーのロックスという地区にある、フレンチ系のケーキ屋さん兼カフェで、はじめて、お互いの話をゆっくりと、お茶をしながらしたのを覚えています。

 

石畳の地面で、青空の下、こじんまりとしたカフェテラスでの一コマ。

 

まだ、その風景は覚えています。

 

30代前半のわたしは、はじめて自分でビジネスをするという、夢いっぱいの頃だったと思います。

 

彼女もアロマセラピストの資格を持っていて、一緒に仕事がしませんか?という話だったような。

 

いずれにしても、懐かしい。

 

そんな彼女は今、ドイツに10年以上住み、3人の子育てをしながら、天然石のジュエリーアーティストとして仕事をしています。

 

お互い、出会った当時に、思いもしなかった未来を今過ごしているわけですが、彼女との友情は健在で、普段は、お互い忙しいこともあり、ほとんど連絡を取り合わないけれど、その関係性は揺るがないものに育ちました。

 

人の縁とは不思議なもので、しばらく同じ時間を過ごしていても、自然に消滅してしまう関係性もあり、こんな風に、不思議とつながったままの関係性もあります。

 

心のどこかで、「この人は大事」と、なんとなく、感じるものがお互いあるからこそ、自然体で、それぞれの世界で生きながらも、こうやって、ふとした時に思い出し、連絡するという行動に出れるのでしょう。

 

 

お誕生日は、その人がこの世に誕生した、素敵な日。

 

以前は、プレゼントを贈り合ったりしたけれども、お互い忙しいこともあって、プレゼントを贈り合うとちょっとした負担になってしまうから、お互い、のんびりできる年代になったら、また贈り合いましょうということにしました。

 

でも、メッセージぐらいは贈りたい。

 

そう思って始めたのがビデオレターです。

 

お誕生日のビデオレター

 

以前は、お手紙を送っていたのですが、もっと、身近に感じてもらえるビデオレターという形式のほうが、顔も見えて良いかなと思って、昨年から始めました。

 

10分ぐらいですが、お誕生日のお祝いを伝えて、いつも、彼女のブログで、彼女の日常を楽しく感じさせてもらっているよ、ということと、わたしの近況や、彼女に伝えたいことなど、思いついたことをスマホに向かって話して録画します。

 

Youtubeで限定公開にてアップすれば、受け取る側も、ネット環境さえあればサクッと見れちゃうので、便利です。

 

わたしの日常は、ワンパターンで、あまりドラマチックな話はできないのだけれど、「元気にしているよ」というのを顔を見せながら、伝えられたらいいなと。

 

また、「会いたいよ」「元気でいてね」というのを、ビデオという形だけれど、直接口で言いたい。

 

今ならいくらでも、Web videoツールがあるから、直接スカイプや、Zoomなどで話せばよいのだろうけれど、彼女は3児の母、とにかく忙しい。

 

それも、まだ幼児がいるので、毎日が、バッタバタの、ドッキドキらしく、とにかく忙しそうなので、きっと、スカイプをする時間を取るのも大変だろうと思います。

 

なので、ちょっと一方通行ではありますが、彼女が隙間時間にサクッとみれる、ビデオレターでお誕生日のお祝いを伝えました。

 

さっそく、彼女からも御礼のメールが届き、喜んでもらえたみたいなので、よかったなぁと思います。

 

大切な人を想うことを忘れない

 

最近わたしも、彼女に負けじと、バッタバタ、ゴッテゴテの毎日。

 

わたしの場合は、子育てではなく、仕事なんですが、毎日、膨大なメール、情報の渦に巻かれ、会議やら、トラブルやら、なんやらと、あわただしく、時間に追われる日々。

 

でも、どんなに忙しくても、大切な人を想うことは忘れたくない。

 

そして、それをちゃんと、相手に伝わるように、伝えたい。

 

人はいつ、どんな時に、命を落とすかわからないし、また、時間なんて、油断したらあっという間に過ぎ去ってしまうもの。

 

気がついた頃にはもう遅くて、「もっと、一緒にいればよかった」、「もっと、電話すればよかった」、「もっと、優しくすればよかった」など、後から後悔するなんて、絶対にイヤ。

 

話はちょっと逸れますが、わたしの父は、もう、あまり長くありません。

 

ここ数年入院中で、寝た切り、今は、もう、食べるのも時々、ほとんど目を開けず、酸素チューブをつけてる状態です。

 

コロナ禍で、病院に見舞いに行くことが許されず、ここ一年、父とは直接会えていません。

 

遠く離れているので、もしかしたら、死に目に会えないかもしれません。

 

でも、万が一、そうなったとしても、後悔はしないと思う。

 

なぜなら、わたしなりに、ここ10年間、父に想いを精一杯伝えてきたから。

 

2009年に帰国してから、できる限り、父に想いを言葉で伝えたり、帰省した際には、むくんだ足をマッサージしたり、父が大好きなカニを買って一緒に食べたり、カラオケマシーンを買って一緒に歌ったり、できる限り一緒にいて、いろいろやりたいことをやってきました。

 

また、コロナ禍になって、病院に会いに行けなくなっちゃったけど、最後のリモート面会で、これが最後になるかもしれないと思って、気持ちをしっかり伝えてきました。

 

たったの10分間で、スクリーン越しだったけれど、「お父さん、大好きだよ、愛しているよ、いつも思っているよ」と、言葉にして、しっかり伝えました。

 

病院内で、ケアマネジャー、看護師さん、母もその場にいたので、普通だったら、恥ずかしくてなかなか言いづらい言葉だけれど、わたしは、ちゃんと言いたかったので、言いました。

 

父は、ほとんど話もできなかったけれど、顔をくしゃっとさせて泣いてました。

 

気持ちは伝わったと思うし、心で話ができたと思っています。

 

ちゃんと言葉にして、想いを伝える

 

わたしは、とても大事なことだと思っています。

 

人は、ちょっとした言葉に勇気づけられるし、温かい気持ちになれるもの。

 

これからも、大事な人、大好きな人には、全身全霊で思いを伝えていきたいと思います。

 

「気持ち」が大事ですね。

 

それでは、みなさま have a nice day

 

by ちびまる

気心知れる仲間とのWeb呑み

 

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画像:photoACcheetahさん

 

MBA海外ワークショップで出会った友

 

わたしは、あまり友人が多いほうではないのですが、幸い、MBA海外ワークショップで出会った人たちで、3人、今でも仲良くさせてもらっている人たちがいます。

 

つくづく、人の出会いというのは不思議なもので、MBA海外ワークショップでは、多くの人々と出会ったにもかかわらず、なぜか、どのように関係が始まったかも、あまり定かではない3人と、未だに何気なくつながっているという、不思議なご縁。

 

彼らと出会ったMBA海外ワークショップは、オーストラリアのゴールドコーストでした。

 

わたしの第二の故郷はオーストラリアシドニーですが、MBA海外ワークショップで、共に彼らと頭に汗をかき、必死に課題に取り組んだゴールドコーストもまた、わたしにとって、思い出深いノスタルジックな場所です。

 

彼らと出会ったのは、2013年頃だから、かれこれ8年前。

 

あれから8年かぁ。。。

 

怒涛の日々で、あっという間に時間が過ぎました。

 

仲間のひとりは、大手日系グローバル企業にお勤めで、現在、現地会社の社長としてバルセロナに赴任している50代前半の男性。

 

もう一人は、大手外資系グローバルIT企業アナリストとして活躍する50代半ばの男性。

 

いずれも既婚者でお子さんも立派に育て上げたお父さんたち。

 

彼らの興味深いところは、個としての個性がバッチリ、明確に確立されていること。

 

もちろん、彼らは夫として、父としての顔があるのだろうけれど、わたしは、個としての彼らしかしらない。

 

最後のひとりは、わたしと同じ年で、これまたわたしと同じく独身で、自由人の女性。彼女は独立して、組織に属さず、自身の腕一本で生計たててるのだから、たいしたものです。

 

そんな彼らは、わたしとは、まったく違う世界(ビジネスの世界で)生きていて、普段はほとんどやりとりしないけど、気心知れる、優秀な人たちです。

 

また、人としても、これまた味があって、人間味があって、面白く魅力的です。

 

どうして、わたしを入れたこの4人が、8年もの月日が経過しても、つながっているのか、ほんと不思議なご縁ですが、きっと、人の縁なんて、そんなものなのでしょう。

 

特別何かべったりと、密に交流しているというわけでもなく、気が付いた人が、気が向いた時に、「今週末Web呑みしなーい?」とサクッと連絡が来て、「いいね、参加しまーす」と、特に何の段取りもなく、サクッとWeb呑み開始して、5~6時間話して、「じゃぁ~ね~、またねぇ~」と、それぞれ散っていく。

 

よくもまぁ、そんなに話すことがあるもんだと、周囲から言われるけど、くだらないことから、真剣なビジネスの話から、昔ばなしから、話は尽きないのです。

 

おそらく、それぞれが、それなりに面白い経験をしていて、バックグラウンドが普通と違うというか、「えー何々、何それー」と、自分が知らない経験をしている人たちだからこそ、話が尽きないのかなと。

 

お互い、すごく知っているという訳でもないけど、なんとなく、信頼に値すると感覚的にそれぞれ思っている関係性で(たぶん(;^ω^))、彼らの意見は、ほんと、毎回、あとからじわじわと、参考になるのです。

 

さっぱりした関係の心地よさ

 

男性2名、女性2名の組み合わせで、一見「合コン?」という感じですが、年も年ですし、男性群は妻子持ちですし、わたしたち女性群も、どちらかというと男っぽいというか、おっさんというか、話す内容と言えばビジネスの話が多く、まったくというほど色気がない4人組。

 

そんな関係性だからか、Web呑み中も、ひとりは、もしゃもしゃごはん食べてる、もう一人は、背景画を何度も変えてくる、もう一人は、突然、携帯で電話しいなくなる、わたしも、勝手に、なんも言わず、トイレに行ったり、ワイン取りに行ったり・・・

 

とにかく自由で、だーれも、なーんも言わないし、突っ込まないから、めっちゃ楽。

 

その、さっぱりとした、なーんも起こりそうにもない4人の関係性というのが、ほんとに心地よく、ありがたーい関係性なのです。

 

さっぱりしてて、みんな大人だから、どんな自分をさらけ出そーとも、さらーっと流してくれますし、突っ込む場合も、温かーく、酒のつまみにしてくれ、笑い飛ばしてくれる、そんな人たちなので、ほんと、ありがたい。

 

わたしは、あまり、交友関係を築くのが得意なほうではないのだけれど、この人たちはどういうわけか、ありのままのわたしを受け入れてくれるので、自分にとっては稀&貴重な存在です。

 

時には、真剣に相談に乗ってくれ、彼らは自身の意見は言うけど、「あくまで自分の意見」というスタンスで、批判もしないし、アドバイスもしない。

 

それはきっと、お互いがお互いに、「自分で解決するだろうから」と、それぞれの能力を信じているのだと思う。

 

だからこそ、彼らの意見は、心に残るというか、後で自分自身でレビューするきっかけをくれるのだと思います。

 

学び合える関係性

 

彼らがどう思っているか、実際のところはわからないけれど、少なともわたしは、くだらない話9割の中に、たまに1割ぐらい、役に立つ、ビビット来る、大変貴重な情報が得られたりします。

 

業界や立場は異なるものの、それぞれが、それなりの立場で、自身のポリシー、信念、ビジョンをもって仕事しているので、彼らの経験談や、考え方など、参考になることが多くあります。

 

特に誰が誰に教えるとか、アドバイスとかではないのだけれど、何気なく出た話で、普段の心がけや、考え方など、彼らから出てくる話が、ひょんなところで、自分が抱えている問題解決に役に立つことがあります。

 

9割のくだらない話も、彼らの豊富な経験談やバックグラウンドから出てくる話なので、自分の知らない世界の話満載で、面白いし、意外と「へぇ~そうなのー」と思うこともたくさんあります。

 

何より、彼らも、自分と同じく、海外生活のバックグラウンドを持っているから、何かと役に立つ情報を持っていたりするので、面白い。

 

ひとりは幼少期にロシア。

 

ひとりは9.11の時期にニューヨーク、マンハッタン。

 

ひとりはドイツやスペイン駐在経験。

 

そしてわたしも、シドニーに長年住み、日ごろ海外あちこち飛んでいるわけで。

 

実際に、MBA取得して、それ自体が役に立つことはあんまりないけど、MBAコースを通じて、ユニークかつ優秀な人たちと出会えたことは、MBAの価値以上に、大きな収穫です。

 

特に、説教する、されるわけでもないのに、話しているうちに学びがある関係性って、ほんとありがたいなーと思います。

 

やっぱり実際に会いたい

 

Web呑み会。

 

遠く離れた友人と、こうやって、何時間も談笑したり、キャッチアップできるのだから、間違いなくWeb呑み会は価値があるのだけれど、やっぱり、実際に会いたい。

 

とにかく、会いたい。

 

会って、同じ空気を吸って、肩をたたいたり、突っついたりして、同じテーブルの食事をシェアしたりして、笑い合って、冗談言い合って、一緒に飲んで、同じ時間を同じ空間でシェアしたい。

 

コロナになる前、メンバーの一人がバルセロナに行く前は、年に一度ぐらいは東京で会って、一緒に飲んで食べて、冗談言い合って、バイバイ言う時間には、人目もはばからず、ぎゅっとハグをして、またねといって、エネルギーをもらってた。

 

どんなにテクノロジーが発達しても、やっぱり、わたしは、実際に彼らに会いたい。

 

バルセロナに赴任中の彼は、当面日本に帰ってこれないだろうから、わたしのほうから、出張ついでに、会いに行きたい。そして、バルセロナの風を一緒に感じて、スパニッシュを楽しんで、一緒にテラスでワインでも飲みたい。

 

東京にいる彼らにも、会いに行きたい。

 

そして、彼らと一緒に、いつかまた、海外のワインバーあたりで、ワインでも飲みたい。

 

そんなことを夢見て、また、明日も頑張ろう。

 

しがらみが苦手で、コミュニティーも苦手で、人見知りのわたしだけど、一方で、何気に人が好きで、人と関わりたいと思っているわたしがいます。

 

われながら、メンドクサイ性格だなーと思いながらも、彼らから元気をもらえたので、明日もまた、がんばろう。

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる