空飛ぶちびまる (自由気ままに)

おひとり様女子のエッセイ

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アラフィフ独身マンションを買う(買い手にとって、良い不動産営業マンを見つける)

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画像:photoACだだAC 

 

扱える物件はどこも同じ

中古マンション探しを初めて、早2か月。

 

わかってきたことが、あります。

 

それは、どこの不動産会社も、見ているデータベースは同じで、扱える物件は、ほぼほぼどこも同じということ。

 

1つの中古マンション物件が、複数不動産会社で販売されているのはそのためです。

 

売主は、仲介を行う不動産会社とは別の不動産である場合がほとんどのケース。

 

「専売」とか「売主から直接物件を預かっている」と、どこか1社の不動産会社が謳っていたとしても、基本、どこの不動産会社も仲介できるようです。

 

仲介手数料は、(物件販売額x3% +6万円+消費税)と、結構な金額になります。

 

例えば、1,500万円の物件を買った場合、45万円 + 6万円 = 51万円+消費税です。

 

結構な額なので、仲介手数料を払うのは、買い手である自分にいかに寄り添い、面倒なことでも惜しみなく情報をくれたり、助けてくれたりしてくれるところに払いたいものです。

 

でもいざ、物件情報を求めて不動産会社に電話をかけたり、メールしたりしてみると、ほとんどの不動産会社が買い手が欲しいと思う情報を出してはくれません。

 

なぜなら、面倒だし、おそらく費用対効果が悪いからだと思います。

 

中古物件の場合、築20~30年も経ってしまっていると、施工当時の管理会社が変わっていることも多く、買い手が欲しいと思うマンションの竣工図(しゅうこうず)、重要調査報告書(重調)など、わざわざ管理会社に問い合わせて取り寄せてくれる仲介業者はまずいません。稀です。

 

でも、わたしにとっては一生に一度の大きなお買い物です。

 

そういった面倒な事にも付き合ってくれる不動産仲介業者の営業マンから、マンションを買いたいですし、そして多額の仲介手数料を支払いたいです。

 

良い不動産営業マンとは?

 

自分にとって、良い営業マンとは、まるで自分がマンションを買うかのように、物件探しにお付き合いしてくれる営業マンだと、わたしは思います。

 

不動産会社に限らず、営業マンはノルマがあったり、自分の営業成績も気になるでしょうから、目の前にいるひとりの顧客というより、いかに市場に出ている物件を売りさばくか、そちらのほうが優先順位が高いのではないでしょうか。

 

わたしの経験浅い中古マンション探しにおいても、そのことが如実に感じ取れる対応を受けること9割です。

 

最初はまるでVIP顧客をもてなすかのように、至れり尽くせりであっても、「あ、この人買わないな」と思った時点でお祓い箱というか、ノーレス、相手にしてくれない不動産会社営業マンもおりました。

 

また、言葉遣いひとつなっていない、「この物件、めっちゃいいっすよ!、めっちゃおすすめっす!」、「ぶっちゃけ、買わない手はないっすよ!」みたいな、わたしの気持ちひとつ考えず、とにかく推しまくる営業マンもおりました。

 

あとは、何を聞いても、「そういう情報はないと思いますよ」みたいな、上から目線バリバリのベテラン不動産営業のおじさんなど。。。

 

きっと、わたしのような庶民で、おひとり様で、限られた低額予算で、終の棲家を探している人って、たくさんいると思うのですが、そういう人(わたし)に限って、心配事も多いから、あれこれメンドクサイことを聞いたり、お願いしたりすると思うのです。

 

世間の不動産仲介業者の営業マンは、忙しいし、ひとりの客にかまってられないというのが常でしょうから、なかなか、自分事で、わたしに寄り添って、物件を一緒に探してくれる営業マンというのは、いないものです。

 

不動産営業マンは一人に決める

 

市場に出回ってる物件、扱える物件はどこも同じ。

 

また、自分事として考えてくれる営業マンは、そうそういません。

 

でも、数を当たれば、出会えるということを、実体験で学びました。

 

ありがたいことに、わたしは、良い不動産営業マンを見つけることができました。

 

何が他と違かったのかということ、

 

一番大きかったのは、どこの不動産会社も取り合ってくれなかった、重要調査報告書を内観の際に取り寄せてくれたこと。

 

どこからも門前払いだった書類の取り寄せ。

 

竣工図は、残念ながら手に入りませんでしたが、修繕履歴や修繕計画など、いろんな情報を事前に調べてくれて、わたしに教えてくれました。

 

「どの不動産会社に言っても、頂けなかった」と、彼に言うと、「そうなんですよね、こういうのって、手間がかかるし、面倒な作業なので、どこもやりたがらないというのは、実際ありますね。」とのこと。

 

「じゃぁ、なんで、〇〇さん(営業マン)は、やってくれるの?」と聞くと、「だって、買う人にとってみれば、一生に一度のお買い物じゃないですか、買って後悔したら大変じゃないですか、だから僕は、調べられることは調べて、お伝えするようにしています。」と。

 

この人だ、と思いました。

 

彼に全部お願いしよう、そう思いました。

 

それ以外にも、

 

「気になった物件は、1回じゃなくて、時間帯や、平日 or 週末など、日も変えて、何度も見たほうがいいですよ。」とか、

 

「物件の左右、上下、斜めに、どんな人が住んでいるのかも、管理人さんに聞けるようなら聞いてみますね」とか、

 

「共有部分とか、郵便ポストあたりもみたほうがいいですよ」とか、

 

「周りに病院があるので、救急車は結構頻繁に通るから、サイレンの音は、頻繁に聞こえるかもしれないですけど、大丈夫ですか」とか、

 

「高層階は夏は暑いけど、この部屋エアコン置けないですよ、大丈夫ですか?」とか、

 

「高層階は、たまにシャワーの水圧が弱いので、試しに出してみて確かめたほうがいいですよ」など、実際に、シャワーの水を出して確かめてくれました。

 

わたしが、「売主さんから叱られないですか?大丈夫ですか?」と聞くと、「大丈夫、大丈夫、叱られても僕が謝っておきます」と。

 

それ以外にも、該当物件の公値や、値引き交渉や、リノベーションした場合の費用や、スケルトンにした場合の、壁の構造がどんな感じか、窓のサッシは変えられるかなど、わたしが質問したこと以外についても、自ら情報を準備してくれて、教えてくれました。

 

わたしも営業職なので、関心しながら、また自分の日々の営業対応もレビューしながら、彼の営業のスタイルから多くのことを学ばせて頂きました。

 

「焦らなくていい、ゆっくり考えてください」と言ってくれて、とても安心しました。

 

後から知ったことですが、彼は私よりも一回り以上年下でしたが、社長さんでした。

 

自ら事業を立上げ、10名以下の小企業ではありますが、一生懸命顧客に寄り添うその姿には、とても心が打たれました。

 

彼は、ダメなものはダメだと言う。

 

わたしが見つけた良さそうな物件でも、「ここは県道沿いだし、走行音が結構うるさいと思いますから、夜間静寂な環境が大事な〇〇さんにはおすすめできません。」とはっきり言ってくれます。

 

そんな頼りになる営業マンなので、わたしはすっかり信頼してます。

 

他の良さそうな物件を見つけたので、さっそく明日内観します。

 

業界をよく知っていて、かつ、買い手に寄り添ってくれる不動産営業マンを見つけられたのは、ほんと心強いです。

 

それでは、みなさま have a nice day

 

by ちびまる

 

 

アラフィフ独身マンションを買う(中古マンション探しを始めました)

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画像:photoACだだAC

 

アラフィフ独身マンションを買う決意

 

2022年寅年、1年の幕が明けました。

 

ちまたではコロナの話題でいっぱいですが、わたしの頭はマンション買うことで頭がいっぱいです。

 

「賃貸か持ち家か?」という議論は、損得勘定が基準とされることが多いですが、わたしは、損得勘定よりも、生きてる間、安心してずっと住み続けられる住居の確保することが最優先にて、マンション買うことに決めました。

 

決めたら最後、すごい勢いで、中古マンション探しをはじめました。

 

今の住まいは大変心地が良い賃貸物件で、できることならこのままずっと、ここにいたい、と思ってしまいますが、老後を考えると、このままずっと賃貸というのは、自分の中では考えられなくなりました。

 

ついこの間までは、マンションを買うなんて、これっぽっちも思ってなかったのに、こういう心境の変化というのは、ある日突然やってくるものだと、自分の感情を通して、しみじみ思っているところです。

 

以前に比べて、めっきり変化に対して腰が重くなったなぁ、、、と感じていて、今でさえ、「あー動きたくない」と思っているのに、今後、年老いたらその気持ちは更に増すことは簡単に想像できてしまうため、動くなら今でしょ!と自分に言い聞かせて、マンション探しを去年の暮あたりから本格的に始めました。

 

マンション探し(条件設定をする)

 

終の棲家を探すにあたり、自分の中で譲れない、大切な条件というのが、なんとなくですが出てきました。

 

(条件)

中古マンション(新築はムリ)

予算:1,500万円以下(諸経費込み)

地域:現住所と同市内

間取り:1LDK~2LDK (40 - 60㎡)

方角:南向き

階数:2階以上

駐車場:最低1台

環境:閑静な住宅街

 

なぜ中古マンションなのか

 

なぜ中古マンションなのか。

 

答えは簡単で、新築マンションは高過ぎて買えないからです。

 

アラフィフ独身のわたしは、定年退職時(60~65歳)でローン完済で考えています。

 

ローンを完済時に、老後自身が普通に暮らせる預貯金も持っていなければなりません。

 

貯金を現在と同じ額をしようと思うと、月々の返済も現在の支払金額より上げられないし、ボーナスはいつどうなるかわからないので、そうなると予算は必然的に決まってきます。

 

出せても1,500万円です。

 

慣れた地域がいい

 

この年になってくると、馴染みのある地域に住みたいと思うものです。

 

今自分が住んでる地域は、田舎過ぎず、都会過ぎず、比較的利便性も高く、またわたしの肌にも合っている地域なので、今の土地で生きていきたい、というのが本音です。

 

特に、今いる居住地域に友達がいるとか、家族がいるとかではないのですが、行き慣れたスーパー、行きつけの美容院、病院などがあり、長年お世話になっているだけあって、いろいろと自分を分かってくれてるわけで、心地が良いのです。

 

なので、なるべく同市内で、現住所に近い地域にお引越しをしたい。

 

1LDK~2LDKの間取りがいい

 

独り暮らしなので、そんなに広いマンションや間取りは必要ないです。

 

というより、どちらかというと、なんでも手が届く、こじんまりとした空間で住まいたい。

 

ちょうど良いのが、40㎡~60㎡ぐらい。

 

今住んでいるアパートが、42㎡の1LDKなのですが、扉を取っ払ってオープンスペースにして居住しています。

 

どこに行くにも導線がよく、とても良い間取りで、非常に気に入っています。

 

40㎡を切ると、ひとり住まいでも、ちょっと手狭で窮屈になってしまうので、最低40㎡は欲しい。

 

でも、広過ぎると、今度は余計なものを置いてしまうし、掃除も大変。。。

 

なので、広過ぎず、狭すぎずが、40㎡~60㎡ぐらいかなと。

 

実際に、物件を探してみて、希望物件探しの難しさをすでに痛感しているところです。

 

2階以上で南向き

 

今の住まいが、南向きの2/2階。

 

こじんまりとした2階建てアパートで8戸しかないのですが、とっても静かで、リビングからも、ベットルームからも日の光が差し込み、明るく気持ちの良い空間です。

 

1階はセキュリティ的にも、心理的にも避けたいところで、2階以上で明るいお部屋に住みたいです。

 

駐車場1台確保は必須

 

駅近である必要性はないのですが、車社会の地域なので駐車場1台確保は必須です。

 

しかしこれが、賃貸アパート物件とは異なり、マンションというのは、駐車場に空きがなく、近隣の月決め駐車場を借りないといけないケースが多く、まず、敷地内駐車場確保できる物件が極端に少ないというのが現状です。

 

考えてみれば、アパートと違って、マンションというのは戸数が多いため、1家に1台の駐車場を確保するのは、なかなか難しいというのはよくわかります。

 

物件探しの一番の壁が駐車場です。

 

騒音トラブルの回避

 

今住んでいるところは、とにかく静か。

 

夜間寝る頃には、まったく物音ひとつしない静寂な環境です。

 

わたしは、静かじゃなければ眠れないので、これは結構重要。

 

車の走行音や電車の音もダメなので、主要道路や線路から離れた場所の物件でなければ、きっと後々後悔してしまうと思うので、静かな立地を選ぶのはものすごく大事。

 

また、現在住んでいるアパートは、全戸独り暮らし世帯で、それもビジネスマン(赴任)が主であるため、とにかく静か。

 

なので、マンション住民が静かな環境を好む住人かどうかも大事。

 

マンションを決める際に、マンション構造(特に壁、床、窓)の基準の確認は必須です。

 

希望マンション探しの難しさ

 

希望のマンションを求めて探し始めて約1か月。

 

スーモー、ホームズなど、物件サーチサイトを見てても、すでにチェック済みの同じ物件ばかりで、なかなか新たな物件も出てこないし、何より、1LDK~2LDK物件がほとんどなく、3LDK以上の物件ばかりです。

 

不動産屋曰く、「大は小を兼ねる」で、1人であれば、広いところに住めるけど、家族世帯が小さな物件に住むのは難しいため、幅広い層を獲得するためにも3LDK以上の物件しか扱わない、建設会社も不動産会社が多いようです。

 

3LDKの物件は、同じような間取りで、ひとり身にとっては、あまり魅力的ではないのが本音です。

 

お一人様に優しい世界になって欲しい

 

今の世の中、わたしのように結婚せず一生独身という人たちが増えているというのに、そして、老後、離別や死別で一人になる人も多いというのに、現在のマンション売買事情は、あまりおひとり様世帯に優しくないと思ってしまいました。

 

もっと、お一人様が小さな間取りで暮らせるマンションがあっても良いのではないかと。

 

勝手な言い分かもしれませんが、それがわたしの本音です。

 

今考えているのは、築30年上でも管理がしっかりしている物件で、1,000万円以下で購入し、フルリノベーションです。

 

ちょっと遅いですが、夢のマイホーム。

 

やっぱりワクワクする間取りや居住空間を作りたいです。

 

そんなわけで、まだまだ続く、わたしの中古マンション探し。

 

それでは、みなさまhave a nice day

 

by ちびまる

 

 

独身アラフィフ女性マイホーム探しを始める

 

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画像:photoACカーサミアクラブさん

 

独身アラフィフの覚悟

 

わたしはきっと、この先もずっと一人暮らし、、、だと思う。

 

だから、ひとりでも人様に迷惑かけず、わたしらしく生きられるよう、そろそろ備えようと思っています。

 

わたしのような独身アラフィフは、世界にどれだけいるのでしょう。

 

きっと、わたしのように「そろそろ、終の棲家を確保せねば」と考えている、独身アラフィフは、結構それなりにいるのではないかと、勝手ながら思ったりしてます。

 

ひとは、結婚しても、しなくても、年老いた最後はひとりになる確率は、それほど違わないかもしれないけど、最初っから一人とわかっている場合は、それなりに覚悟しなきゃならんと思ってます。

 

そんなことを思いながら、最近やたらと、ちょっと早いけど、年を置いた自分を見据え、「そろそろちゃんと、、、準備しなくちゃ!」という気持ちが強くなりました。

 

守るものはなんもないんですけど、守りに入るとはこういうことなのか???と思いながらも、自分の身は自分で守らなければならいと、わたしなりに、危機感を感じているわけです。

 

そんなことを思いながらも、老後の不安と心配、そしてそれよりも、自分の心地よい城を手に入れることに、わくわくし始めたわたしです。

 

90代まで生きることを見据えて、いかに元気に楽しく、有意義に老いた後も生きられるか、そんなことを思いながら、独身アラフィフ、マイホームを手に入れることを考え始めてます。

 

ちょっと、、、遅い気もしますが^^;

 

うん、だいぶ、、、遅い💦

 

現場100件まずは情報収集

 

わたしの取り柄は、ずばり「行動力」!

 

思い立ったらすぐ動く。

 

はい、動き出しました。

 

今日、モデルルーム見学に行ってまいりました。

 

間口は広く、まずは、情報収集にて、平屋モデルルームに行ってまいりました。

 

なぜ平屋か。

 

わたしは、低層が好きなのです。

 

高層マンション、、、あんまり好きじゃないんです。

 

できれば、地に足をついた生活がしたい。

 

なので、平屋専門モデルルームというのがあったので、いってきました。

 

平屋専門IKIのモデルルームへ行く

 

粋に暮らそう!「IKI」のモデルルームに行ってきました。

 

ケイアイスター不動産の子会社カーザロボティクス(Casa robogtics株式会社)のモデルルームです。

 

昨年設立されたばかりの平屋専門のIKI、らしいです。

 

土地探し+規定平屋住宅の販売が主な商売のようです。

 

100%国産ヒノキ木材を使った平屋住宅で、規定間取りを販売しているとのこと。

 

予約をとって、モデルルームに行くや否や、さすがコロナ禍ご時世「遠隔営業」。

 

モデルルームに入ると、テレビがあって、自動でWeb営業スタート。

 

担当者がスクリーンに出てきて、「とりあえず、好きに見というてください」と言われ、適当な時間になると、テレビスクリーンから、こんにちは。

 

商談が始まる、という仕組みでした。

 

この度、はじめての見学にて、なんの下調べもせずにきたわたし。

 

まずは、好き勝手、あちこち扉を開けて、写真をとったり、動画を取ったりして、3LDKのモデルルームを一人で楽しみました。

 

IKIのモデルルーム、素敵でした。

 

導線も良く、開放的な空間でした。

 

がしかし、、、

 

3LDKのモデルルーム、こんな広い間取りは、わたしには不要・・・

 

相場価格など全く知らずに行ったわたし。

 

3LDKぜんぜん、手が出ない価格帯でした。

 

わたしが必要なのは1LDKもしくは2LDK。

 

3LDKは要らない。

 

平屋となると、わたしが探している地域にて、土地を探して、どんなに田舎でも、土地+住宅で2,500万円はくだらない。

 

完全に予算オーバーです。

 

平屋のオプションは限りなくゼロに近いですけど、良い勉強になりました。

 

平屋専門IKIの特徴

 

ざっくりですが、土地を買って平屋を立てるにあたり、最低限必要な情報を得ました。

 

〇どんなに小さくても40坪 (132㎡) は必要(11m x 12m)

〇駐車場や庭付きだと最低50-60坪必要

〇お隣さんとの間に最低限60scmの間隔が必要

〇規格系 - 間取りが決まってる

〇素材も設備も決まってる

〇モデルルームはオプションてんこ盛り(映え映え)

〇耐震1-3等級(1は淡路大震災に耐えうる耐震でIKIは2等級)

〇ILDK最低1,034万円(建物)+土地代

〇諸経費341万円必須(調査費など)

 

規格売りのため、お手頃価格のお値段がというが、わたしには、到底手が出ません。

 

予算的に無理だなと思いました。

 

中古賃貸マンション+リノベが唯一の選択

 

地震など考えると平屋がいいかなと思いましたが、予算的に厳しいことがわかり、アラフィフ独身のわたしには、中古マンション+リノベしかないと思いました。

 

2019年までは海外飛びまくっても、昇進・昇格しても、たいした収入レベルではないわたし、ヘッドハンターには、「最低賃金レベルだね」と烙印を押されたわたしですが、それでも、わたしは、今の場所、今の会社が好きです、なので、現状を受け入れた上で、自分の身の丈に合った物件を探そうと思います。

 

この年で買えたとしても、せいぜい全部込々で2,000万円以下の物件です。

 

定年退職するであろう65歳にはローンを払い終えたいもの。

 

そう考えると、ローン期間はMAX15年です。

 

頭金を入れられる金額も限度があるので、背伸びはせずに、できれば1,500万円以下で、すべて完結させたいもの。

 

日本の不動産価値は、買った瞬間から⤵というのを大前提に考えると、築30年~40年ぐらいの中古マンションを購入し、できる範囲でリノベーションし、快適に生活できる住まいを手に入れたいと思っています。

 

本日Day1で、モデルルーム見学自体はじめてのわたしなので、現場100件まわって勉強する気持ちで、最善の終の棲家を見つけようと思います。

 

わたしにとっての理想の住処

 

多くは望みませんが(いや、望んでしまうかもぉ笑)、、、オープンスペース&今よりはちょっと広い住居にはこだわりたいと思ってます。

 

今住んでいるアパートは、43㎡の1LDKですが、扉をとっぱらって、完全オープンスペースにて使ってまして、わたしにとっては、とっても楽ちんかつ、開放的な居住空間です。

 

できる限り開放的で、日当たり良好、閑静な環境を手に入れたいです。

 

今住んでいるアパート(2F)、大好きなんだけどなぁ。。。。

 

できればず~~~~っと、ここにいたいけど、賃貸&社宅なので、いつかは追い出される(もしくはずっと家賃を払い続ける)ことを考えると、やっぱり動くなら今でしょ!?と思って、動きはじめました。

 

まだまだ、勉強不足で、なんもわかってないなわたしですが、1年ぐらいかけて、わたしなりのベストマイホームを見つけられたらいいなと思っています。

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる

 

老後の心配は突然に

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画像:photoACcraftbeermaniaさん

 

老後の心配は突然に

 

若い頃、昭和の時代に流行った「ラブストーリは突然に」にハマったわたしは、50代を目前にして、「老後の心配は突然に」という状態に陥りました(現在その状態)。

 

わたしのこれまでの人生は、老後の心配や将来を考えることよりも、今を楽しく自由に生きることを優先し、やりたいと思ったことを全てやってきた、という感じの人生。

 

シドニーにいた頃は、30代後半までは、貯金が限りなくゼロに等しい状態であっても、とにかく「経験してみたい!」と感じたことに、惜しみなくお金を使い、好きなように生きてました。

 

帰国後は、まわりの影響もあって、少しは貯金するようにはなったけど、それでも、思い立ったら吉日、MBAを目指して数百万投じてみたり、贅沢三昧なひとり旅に出てみたり、1時間数万円のコーチングを受けてみたり、やりたいと思ったことは、手持ちの資金があれば、速攻で足を踏み入れ、まずはやってみる、という人生を生きてきましたし、今もそんな感じで生きてます(現在進行形中)。

 

そんなわたしが、48歳になって、あと2年で50代という時期に突入し、ふとした瞬間、ほんと突然に、、、老後を強く意識するようになりました。

 

正直、とっても不安ですし、どう考えたらよいかも、正直わからないから、逃げたいぐらいです・・・

 

それはきっと、タイミング的に、父が今年8月に他界して、残された母が完全なる年金暮らしとなって、その経済的厳しさを目の当たりにしたというのが大きな原因かもしれません。

 

「2,000万円は持ってないと老後の生活は厳しい」というけれど、心の中でどこか他人事でしたが、母の年金問題を目の当たりにして、じわじわとその危機感の波が、わたしにも押し寄せてきた、という感じです。

 

今のままじゃいられない

 

わたしはいま、程よい田舎で、比較的のんびりした暮らしをしていまして、賃貸住宅(社宅)で、家賃は一部会社から補助してもらってるので、比較的リーズナブルな家賃払いで暮らしてます。

 

帰国してから初めて契約した賃貸アパートに今もずっと暮らしていて、今の場所は、立地も、部屋も、何もかも、すべて気に入って住んでいます。

 

全て南向きの全8戸の2階建てのアパートで、目の前には何もなく、開放的な空間で、遮るものが何もないので、とても気持ちが良いのです。

 

新築物件に入居したので、かれこれ11年間住んでまして、アパートの住人の中ではわたしが一番の古株となりました。

 

環境的にとても穏やかで、静寂であり、駅にも徒歩圏内ですし、駐車場も安いし、近隣住民とも今まで一度も問題を抱えたことがありません。

 

入居者のほとんどが、単身赴任のビジネスマンなので、顔を合わせれば挨拶するぐらいの間柄で、ちょうど良い距離感にて、安心して暮らせてます。

 

できることなら、ず~~~~っと、今の賃貸アパートに住んでいたい、そう思うほど、わたしは今のアパートが好きです。

 

がしかし、、、

 

最近、「あと2年で50歳かぁ。。。」としみじみと思うことが多くなり、まわりの上席たちも、ぼちぼち還暦を迎え、一度は定年退職し、残り5年(65歳まで)は働いて、その後は退職する、という人たちが出てきているのを見ていると、わたしも後10年?MAX15年で退職???

 

と思ったら、急にカウントダウンが始まった気がして、

 

「えーっ?今わたし、ここに何気なく住めているけど、退職したら家賃100%支払いじゃん!、それも収入ないじゃん!、そもそも住み続けられるのか?社宅に???」と、急に老後の心配が押し寄せてきました。

 

そもそも賃貸契約できるのか?

 

ちまたでは、「賃貸派 or 持ち家派?」という話題があがったりして、その議論の焦点は、「どっちが金銭的に得であるか」という話に終始しますが、今のわたしにとっては、損得の問題ではなく、「老後の住処の確保」のほうが大問題なのです。

 

何にも考えずに、ずーーーっと賃貸住宅に住んでいて、万が一、いつの日か、何らかの事情で今のアパートを追い出される日が来たとしたら、果たしてわたしは新たに、賃貸契約できるのか???

 

よく聞く話では、定年退職後、賃貸住宅を借りるのは、めっきり難しくなるということ。

 

わたしの両親が賃貸契約する際にも連帯保証人が必要で、わたしがその保証人になりました。

 

貯金があっても、しょせん無職の身。

 

もしかしたら自分は、何かしら、仕事をしているかもしれないけれど、年老いれば、その時、自分が本当に働ける身であるかどうかもわからない。

 

30歳から40歳の体力の衰え、そして、40歳から50歳手前の体の衰えは、あちこちで感じてます。

 

そう思うと、賃貸ではなく、マンションを購入し(それも80代の自分の体力を見据えて)、住居費を最低限に抑え、生活していける環境を整えなければならないと、老後問題が現実味を帯びてきました。

 

50代独身でマンションを購入

 

やはり、先々を考えると、できるだけ早いうちにマンションを購入しておいた方が無難なのではないかという気持ちが強くなってきてます。

 

とはいえ、50代で独身暮らしとなると、戸建てはあり得ないし、そんなにたくさん部屋もいらないし、出せる金額も限られます。

 

今自分が住んでいる町で、駅近新築マンションの価格を調べてみたが、とてもじゃないけど手が出ないし、そもそも1LDKの物件がほぼ皆無。

 

中古マンションでも、ほとんどが3LDKで、自分にとっては無駄に広い物件ばかり。

 

やけに安い中古物件は、築年数が40年以上だったり、管理費や修繕費が高かったり、駐車場がなかったり・・・

 

1LDKも、ないわけじゃないけど、圧倒的に物件数が少なく、あったとしても、極端に狭かったりします。

 

今住んでいる部屋より狭いところは絶対嫌だし。。。

 

あまりに騒がしい街中も嫌だけど、寂しすぎる不便な場所も嫌。。。

 

いろいろ考えると、物件探しもなかなか大変です。

 

何を優先させるのかちゃんと決めて、また、現場を自分でしっかり回って、よく状況を確認してみないとダメだなと感じてます。

 

日本の不動産は、買った瞬間値下がりするので、なるべく値下がり幅が少なく、自分自身が安心して、快適に住める住居を見つけるしかありません。

 

気がつくのがちょっと遅かった気もするけれど、今から、中古物件+リノベーションの方向で、終の棲家を手に入れる活動をはじめようと思います。

 

2,000万円で足りるのか?

 

老後に必要な資金は2,000万円というけれど、どのような状況の人にとっての2,000万円なんだろうか?

 

すでに持ち家があり住宅ローンを払い終えている人にとって2,000万円?

 

ある程度快適に、楽しく暮らしていくには、住宅にかかる費用とは別に、2,000万円必要なのではないかと思います。

 

また、女性の場合は比較的長生きなので、仮に65歳で定年退職して、90歳まで生きちゃったとしたら、25年間分の資金を蓄える必要があります。

 

仮に月々の生活費が15万円として、15万円x12か月x25年 = 4,500万円です。

 

わたしの母が、「そんなに長生きしたいと思わない」というのも、まんざら嘘じゃないかも、と思ってしまいます。

 

でも、なんとなく、、、わたしは長生きしてしまいそうなので、、、長生きしてしまった場合に備えて、今から真剣に、老後を楽しく生きる準備をせっせとしておこうと考えています。

 

それでは、みなさま have  a nice day

 

byちびまる

自由と暇の狭間で

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画像:photoAC photoBさん

 

自由とは何か

 

自由とは、

「他からの束縛を受けず、自分の思うままにふるまえること。」

 

他とは、

健康体であれば、自分以外のそれ以外という意味だと思いますが、きっと、一般的には人間関係が絡むものを指すのかなと思います。

 

「自由であれば、人は幸せなのか」という問いに関して、必ずしもイコールではなく、自由というのは、人が幸せになるひとつの要因に過ぎないのかなと。

 

自由とは、主に自身の身体的自由、精神的自由がありますが、例えどちらも自由であっても、人は必ずしも、自分の思うままにふるまえるとは限らないのかなと、最近、わたしの母と話をして、そう感じてます。

 

自由と暇の狭間で

 

父が他界した今、わたしの母は父の介護から解放され、時間的自由を得ました。

 

父が亡くなり、母は寂しがるかなと思いきや、涙の一つも見せません。

 

父がこの世を去る寂しさというより、きっと、介護の大変さのほうが上回っていたのでしょう。

 

きっと、多くの老夫婦がこんな感じなのではないでしょうか。

 

「やれやれ、やっと、逝ってくれた」

 

というのが本音なんだと思います。

 

ずっと母が夢見てきた、時間的自由。

 

父の介護から解放され、時間を気にせず、基本的に、朝から晩まで自由です。

 

経済的な縛りはあるにしろ、朝起きて、夜寝るまで、やりたいことをして過ごせます。

 

毎日、朝から晩まで仕事であくせく働く世の中の労働者にとっては、夢のような毎日。

 

好きなだけ寝ててもいいし、お昼ねだってしていいし、たーくさん、自由な時間があるのです。

 

でも人は、あまりにも自由過ぎると、逆に不自由さを感じるのかもしれないと、母と話をしていて、そう思いました。

 

要するに、自由という喜びを感じるよりも、暇という苦痛のほうが勝ってしまうと、有り余る時間と、どう向き合ったらよいかわからない、という状態に陥るということです。

 

やろうと思えば何でもできるのに

 

好奇心が旺盛で、あれもこれも、やりたいことが溢れんばかりにある人にとっては、きっと、夢のような人生でしょうが、これまで、家族のため、子供のため、夫のために生きてきた人にとっては、突然時間的自由を与えられても、完全にフリーズ状態、何をしたら良いか、ほんとにわからない、という状態に陥ってしまうリスクがあります。

 

わたしの母は、わたしに比べればずっと、多趣味なほうで、若い頃は、

 

〇レース編み

〇習字

〇ピアノ

〇卓球

〇ダンス

〇読書など

 

など、いろいろやってきてますが、年老いた今、なかなか今までやってきたことが、そのままできるかというと、そうでもない。

 

目が疲れる、体が疲れる、集中力が続かないなど、いろいろ身体的な問題があり、今までできたことが、なんとなく億劫になってしまって、やろうとも思えなくなる、という問題が生じます。

 

若ければ、やろうと思えば何でもできたはずなのに、75歳にもなると、やりたいと思うこと、実際にやれることは、結構限られてきます。

 

わたし自身はまだ40代ですが、少なからず、母の気持ちがわかります。

 

以前は貪るようにビジネス書など読み漁ったりしましたが、最近、活字を読むのがものすごく億劫になってしまって、よっぽど知りたい情報でなければ活字を読まない自分がいます。

 

人は年を重ねると、若い頃に当たり前にできていたことが、思いっきり面倒になる、というのは、わたしも少し気持ちがわかります。

 

やろうと思えば、お金を使わなくたって、できることはたくさんあるのに、それすら考えることがメンドクサイというのが現実。

 

人が老いていく分かれ目は、こういうことなんじゃないかなと思います。

 

面倒と思うか、知りたいと思うか、できるようになりたいと思うか、やってみたいと思うか。

 

面倒という心理状態は非常にやっかいだと思ってます。

 

人は、メンドクサイと思うことが増えれば増えるほど、その分、急速に老いていくような気がします。

 

せっかく与えられた命、与えられた時間を有意義に過ごしたいものです、

 

わたしの母も、今まさに、与えられた時間、自由という名の暇と闘っています。

 

何のために時間を使うのか

 

わたしは今まで、自分中心(自分軸)で生きてきて、今も現在進行形であり、しばらくは、このまま続くと思います。

 

でも、最近やっと、年を重ねて50を手前にして、父が他界し、老いた母を通して、未来の自分を想像することができるようになってきました。

 

わたしの母は、今まで一度も口にしなかった「ボランティア」という言葉を発するようになりました。

 

今までの人生は、余裕がなくて、他人のために何かをするなんて、考える余地もなかったようですが、子供が成人となり、配偶者も他界し、ある意味、母でも妻でもない、個人の感覚が強くなった今、「誰かの役に立ちたい」と思う気持ちが自然と出てきたのではないかと思います。

 

「ボランティアするんだったら、経済的に楽じゃないんだから、働いたほうが良くない?」とわたしは思ったりして、母にも言ってみたが、母曰く、「対価を頂いて働くと自由ではなくなる、それは嫌」らしい。

 

自分が赴くままに時間と労力を提供でき、自身のも手間ます暇を誰かのために費やせるなら、心が満たされるのではないかと考えているようです。

 

75歳の母の心境は、本当の意味で、わたしには理解できるわけがない。

 

でも、人間というのは、自由と暇のはざまで、どこか、自分の存在意義を周囲から認められたい生きものなのだろうかと、母との会話を通じて、そう感じています。

 

わたしはまだまだですが、50を手前にして、自分は何のために、誰のために働き、生きるのかと考えるようになり、コーチングの力を借りたりして、未だに、自分の気持ちと向き合い中です。

 

お金は、人間に安心を与え、ある一定の快楽は与えてくれますが、必ずしも幸せを与えてくれるものではなく、また、自由も、自身の中に何か明確な意志があり、その意志の先にある価値のためにやるべきことが見えてなければ、なかなか使いこなせるものではなく、人間は、自由という名の「暇」という状態に苦しんでしまうものなのだと、最近になって理解してきました。

 

自由と幸せ。

 

答えのない問いですが、感覚的に理解したいテーマです。

 

幸せって、人それぞれですが、どんな形であれ、自分なりの幸せを噛みしめて、時間を過ごしたいものです。

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる

幸せは自分次第

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画像:photoACチョコラテさん

 

どんなに優良な大企業にいても

 

最近仕事で、新たな出会いがありました。

 

誰もが羨む優良な大企業にお勤めしている方々。

 

業績は右肩上がりで、グローバルにも成功している大企業。

 

洗練されたオフィス、最新の技術や設備を備え、傍からみれば、福利厚生もさぞかし手厚いのであろうと思いますし、きっと、世の中の大半の人たちに比べれば、経済的にも恵まれ、なんの不自由もない暮らしを手に入れている人たち。

 

なのに、それなのに、びっくりするほど出てくる、愚痴、悪口、陰口、不平不満の嵐。

 

正直、ものすごく、驚きました。

 

一見、とても幸せなのだろう(たぶん、幸せなんだと思うけど)人たちで、また、優秀な人たちです。

 

優秀であることは間違いないのでしょう。

 

それなのに、こんなに恵まれているのに、止まらない不平不満と愚痴。。。

 

いろいろと、考えさせられました。

 

人の幸せとは、いったいなんなのだろうかと。

 

わたし自身、大手グローバル金融企業に長年勤めた経験があるので、なぜ、一見何の不自由もない人たちが、これほどまでに不平不満を抱いているのだろうかと、自分の経験も振り返り、考えてみました。

 

自分の当時の感情なども重ねてみながら考えてみました。

 

なぜに、彼らはハッピーではないのだろうかと。

 

なぜに、彼らから、あれほどまで、ネガティブな言葉が出てきてしまうのだろうかと。

 

自分の存在価値と意義

 

わたしの経験とは、また違うと思うけど、想像するに、その組織内において「自分の存在価値と意義」が、あまり感じられないのではないかと。

 

あまりに大きな企業に属すると、その組織内において、自身の存在はとてもちっぽけに思えてしまいます。

 

自分が何かを提案したところで、動いたところで、組織が動くことはまずない。

 

何千人もいる組織の中のひとりである自分が、経営トップの中枢におり、なんらかの影響力を大きく持つのであれば、きっと違うはず。

 

自分が意見したところで、自分が提案したところで、自分が属する組織において、たいした影響力がないことが常であり、その無力感というか、自分の手ではどうにもすることができない感が、自身の存在価値・意義の実感を希薄にしてしまうのではないだろうかと。

 

組織内において、自分の存在価値や意義をあまり感じられないと、組織のいろんなことについて外野的な感じになり、組織のダメなところ、至らないところが目につき、そして、少なからず、そのダメだなぁと思う状況を作っている経営層に対して不満を抱くのではないかと思います。

 

人は、いい所より、ダメなところを見つけるほうが得意で、そして、それを評価するのが大好きな生きもの。

 

批評や評論するほうがずっと楽で、また、気持ち良かったりもします。

 

だから、ついつい、愚痴、悪口、陰口、噂話、批評や評論をしてしまう。

 

わたしだって、知らず知らず、いや自覚しながらも、怠けるとついやってしまいます。

 

そういう時は決まって、自分が描く理想や、やりたいことなどが上手く進まない時。

 

ついつい、自分以外のせいにしてしまう。

 

でも、ネガティブなことを言うだけ言った後というのは、何とも言えない後味の悪さ。

 

それは、きっと、わたしだけじゃなく、誰の心にも残るんじゃないかな。

 

当事者意識が大事

 

結局のところ、「当事者意識」というのが鍵なのではないかと思います。

 

良くも悪くも、今周りで起きていることは、少なからず自分も関わっていることであれば、自分の行動も何かしら影響していると考えられるかどうか。

 

そして、それが自分の理想や目指す先と乖離があるのであれば、どうすれば、ベターな状況に持っていくことができ、また、自分はどのように貢献できるのか、それを考えるのが大事かなと。

 

大きな組織に属していると、「自分なんて所詮歯車」と思ってしまうかもしれません。

 

でも、例え歯車であっても、自分の時間や人生をどう過ごすかは自分自身が決められること。

 

所詮歯車と思って投げやり、腐って過ごすのか、もしくは、自分自身がその場所を選んで居るということを意識し、「なぜ、自分はここで時間を過ごすのか」を考え、自分の時間をより価値あるものに変えていくことを考えるか、それは自分次第です。

 

存在意義を感じる場所で生きる

 

わたしは、これまで9社ぐらい経験し、今の組織に落ち着いています。

 

タイミングや、年齢的なところ、出会い、相性など、いろいろあると思いますが、今の場所に居ることを決めているのは、紛れもなくわたし自身。

 

傍から見れば、「なぜ?」と言われます。

 

「もっと、他にオプションあるでしょう?」と。

 

わたしが働く会社は、業績も良くないし、洗練もされてないし、片田舎で年収だってそれほど高くないので、傍からみれば、ダメダメな企業に見えるからだと思います。

 

下手すりゃ、数年でどこかに買収されてしまうかもしれないし、倒産するかもしれない。

 

じゃぁ、なぜ、今の場所に留まるのか。

 

ずばり、わたしにとって、心地が良い場所だからです。

 

そして、比較的自由に仕事ができ、また、それなりに認めてもらえるからです。

 

年収や暮らしを考えれば、50歳手前で、「えーそれだけー」と思うところもあります。

 

また、大企業の煌びやかな洗練されたオフィスで、お洒落に仕事をするというのもいいなーって思う時もあります。

 

でも、一方で、大企業で働くのは、「退屈するだろうなー」と思います。

 

今の場所でも、「こうだったらいいのになー」と思うことは山ほどあります。

 

でも、不思議と、それほど不満はありません。

 

たぶんそれは、自分がその組織にいる意味(意義)を感じているからだと思います。

 

どんなに小さくても、どんなに洗練されていないとしても、その場所が、自分の居場所だと思える居心地の良さがあるのであれば、わたしは、そこが自分の生きる場所だと思ってます。

 

幸せは自分次第

 

わたしは、以前に比べ、自分でいうのもなんですが、不平不満が口からでるのは減ったと思っています。

 

また、最近、人の陰口や悪口も、聞くことはあっても、以前ほど、言わなくなったなと自分で感じています。

 

きっと、それは、ある意味「受け入れた」のだと思います。

 

どんな組織であれ、いろんな人がいて、持ってる能力もそれぞれだし、性格も千差万別で、仕事に対する思いも、姿勢も、アプローチも、みんな違うのだということが、最近になって、少しだけ理解できるようになってきました。

 

「わたしだったら、こうはしない」と思うことは、受け入れるのが難しかったりしますが、なるべく、「あ、この人は、こういった考え方なのね」と思うようにしてます。

 

また、仕事についても、最近、自分がイラっとしてしまうことについても、深追いしないことで、なんとかやり過ごすことができるようになってきました。

 

「大抵のことは、大したことではない」

 

と思えるようになって、必要以上にあらゆるところに足を突っ込まないように心がけ、「ここは、もう、任せてしまおう」と思える機会が増えてきました。

 

任せるからには、細かく見ない。

 

ほどよく手放すことで、意外と自分も、周りも上手くいくということが、ちょっとわかってきました。

 

仕事量が増えて、どうにもこうにも、メールの処理も、仕事も終わらないという状況になって、「手放さなければ、自分がつぶれる」というのを実感してからは、手放すということが徐々にできるようになってきました。

 

あと、最近、強く実感していることがあります。

 

それは、ポジティブな言葉は、自分に対してもエネルギーを与えるということ。

 

ネガティブな言葉を発するのって、誰の為にもなりません。

 

思いのほか、自分で発するネガティブな言葉って、ブーメランのように自分に返ってきて、自分自身の言葉で自滅するというか、エネルギーを吸い取られます。

 

なので、どんな小さなことでもいいから、前向きな言葉を発することが、結果的に、自分に元気を与え、自分自身を幸せにしてくれます。

 

小さなことの積み重ねが大事

 

日々の小さなことの積み重ねが大事。

 

とても実感してます。

 

朝の挨拶「おはよう~」

 

挨拶しても、まともに挨拶しないスタッフがいます。

 

それでも、わたしは、「おはようー」と声かけることを決めてます。

 

きっと、彼は、これからも挨拶しないと思いますが、それでも、自分は挨拶しようと思います。

 

それは、わたしの中で大事にしたいと思うことだからです。

 

小さなことを小出しに褒める。

 

これも、周りの人にするようにしてます。

 

「その服、かわいいね、新しいの?」

「髪切った?いいね」

「いつも、ありがとね」

 

など。

 

ほんと、些細なことですが、特に、「ありがとう」は、多く発するように心がけてます。

 

こういったちょっとしたことが、疲れた時に、上手くいかない時に、自分の励みになるように思います。

 

もちろん、時には愚痴も出る。

 

そして、時には、怒る(癇癪)。

 

でも、人間だから、それはしょうがない。

 

だけど、ずるずるいかない、引きずらない。

 

そうすることで、前を向けるし、明るく生きられるかなと。

 

自分を幸せにするのは、自分次第。

 

どこにいたって、何をしていたって、自分を幸せにするのは自分。

 

さ、今週も頑張るか!

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる

 

任せる勇気。自分の仕事の仕方を見直す。

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画像:phtoACまぽさん

 

時間がいくらっっても足りない

 

最近のわたし、、、仕事があまり、まわってません。

 

海外に加え、国内営業、それに加え他事業の営業、またまたそれに加えて、新規プロジェクトの推進役と、どんどこ増えてく仕事の山。

 

「それは、わたしの業務範疇ではありませんので、お受けできません。」

 

と言いたいところではあるが、うちのような小さな会社においては、やれる人がやるしかないし、なんとかやるしかない。

 

時間は有限なので、増えた分、何かを削るしかないのです。

 

何かを削るには、切り捨てるか、誰かの助けを借りるか、のどちらか。

 

現場もフルで活動しながらの管理職っていうのは、結構、大変💦

 

何が大変って、とにかく、何においても量が多い。

 

〇メールの量

〇相談の量

〇会議の量

〇問題の量

 

など。

 

係る人が多くなればなるほど、これらの量は多くなりがち。

 

スタッフに任せる

 

今までのわたしは、とにかく自分でやりたがり。

 

そして、こだわる。

 

何においても。

 

これじゃぁ、ダメダメ。

 

そう思いましたので、思い切って、スタッフに任せることにしました。

 

きっちり仕事をやってくれそうなタイプのスタッフに、大枠の説明だけして、あとは、やり方、進め方も含めて任せる。

 

これ、自分のやり方でやりたがりの人にとっては、ものすごく勇気がいること。

 

なぜなら、きっと(いや間違いなく)自分とは違う形で仕事が進むのだろうし、上手くいくかどうか、心配だから。

 

でも、それって傲りでしかない、ということを、この年になってやっと最近理解しました。

 

わたしのやり方じゃなくても、大抵のことは上手くいくし、他の誰かにでもできることなのです。

 

仮に何か少し、上手くいかなかったとしても、だいたいのことは、大したことじゃない。

 

最近、やっと、そんな風に思えるようになってきました。

 

任せるからには口出ししない

 

たぶん、一番イラっとくるのは、「任せるって言ったのに、細かいチェックを入れられること」。

 

わたしだったら、嫌だわ。

 

なので、口出ししたいことをぐっとこらえて(というか、あえて見ず)、最期まで本人に任せるように努力してます。

 

意外とやりがちなのが、しょーもないツッコミ。

 

以前、上司に言われたことがあって、気がついたことがあります。

 

スタッフが書類を作った際の文章(言い回し)が、自分が普段使うそれと違かったので、何気なく修正を入れたところ、「その修正って、別に要らなくない?」と。

 

もしかしたら、パーフェクトではない言い回しかもしれないけど、それが彼女(彼)の表現の仕方なのだから、それを活かせと。

 

最初は、そのように言われて、なかなか受け入れられなかったけど、逆の立場に自分を置いてみると、「うん、確かに。」と思えました。

 

なので、それ以来、ちょっとぐらい違和感あったとしても、良しとしてGoサイン出すようにしてます。

 

個人の好みが反映されるような修正は要らない、と自分に言い聞かせるようにしてます。

 

任せてみてわかったこと

 

最近、気がついたことがあります。

 

完全に任せた方が、いろんな意味で上手くいく。

 

スタッフも自分で考えるようになり、責任を持つようになり、成長していきます。

 

また、自分が思う以上に能力を発揮し、仕事も早いし、わたしがやるよりいい感じに仕上げてくるのです。

 

「あぁ、こういうことか」と。

 

それ以来、なるべく、スタッフがこなせる業務はお任せするようにしてます。

 

でも、気をつけなきゃいけないのが、無責任に仕事を投げ過ぎないこと。

 

スタッフが、キャパオーバーになっていやしないか、業務過多になっていやしないか、そういうことに、気配りは必要だと思っているので、声をこまめにかけて、確認しながら進めるようにしてます。

 

任せるけど責任はとる

 

これ、管理職の宿命。

 

スタッフに任せるけど、何かあったら、最終責任は自分が取らなきゃならない。

 

だから、スタッフとの報連相、信頼関係が大事になってくる。

 

わたしは、それができているのだろうか。

 

たぶん、、、まだ、そういった段階ではないのだろうなぁ、と思うスタッフもいます。

 

自分自身がそのスタッフを信頼しなければ、相手だって信頼してはくれない。

 

でも、この、信頼というのは、積上げてナンボなもんなので、一朝一夕で得られるものではないので、そのあたりが、自分にとっては大きな課題です。

 

自分を快く思っていない相手や、自分が苦手な相手に対して、信頼するというのは、かなり難易度が高いことだし、よっぽど人間できてなきゃ、できることじゃないと思ってます。

 

毎日、そんな感じで、自分の仕事量と、人間模様に葛藤しながら仕事してます。

 

手放す勇気

 

何事も、自分が積み上げてきたものを一旦否定してみるというか、手放してみるとうのは、勇気が要ることです。

 

特に習慣のようなもの。

 

仕事の仕方もそのひとつ。

 

わたしは、根が真面目なので、なんでも、かんでも、理屈で理解しないとなかなか前に進めなかったり、なんでもコントロールしたがる傾向にあるので、自分でやりたがり、仕切りたがりです。

 

自分でコントロールできる状態に持っていくというのは、安心できるし、自分にとって楽なことだから、ついついそのような傾向が全面に出てしまう。

 

でも、最近、そういった自分の今までの習慣や考え方を少し変えていく必要があると、薄々感じているところがあります。

 

なぜなら、それでは、自分も、仕事も、周りも回らなくなるから。

 

それでは、上手くいかない立ち位置に置かされている、ということかと思います。

 

自分にとってのチャレンジ、それは、自分の仕事の仕方を見直すこと。

 

それは、人との関わり方も含めて、自分の中で考え方を変えていく必要があるということです。

 

頭でわかってても、なかなかうまくできないのが世の常。

 

でも、これらのことに気がつけたというのは、一歩前進であり、次の段階に自分は進むのだという自覚があります。

 

わたしと同じような立ち位置の人、たくさんおられると思います。

 

それは、次に進むために必要な葛藤であり、ひとつ成長するための必要不可欠な境遇だと思って、乗り切るしかないですね、たぶん。

 

それでは、みなさま have a nice day

 

by ちびまる

 

 

 

 

ソフトバンクからYMobileへキャリア変更で月額1/3に節約できた

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画像:photoAC

 

同じソフトバンクでもYMobileが断然お得

 

携帯電話をはじめ、何かとデジタルに疎いわたし。

 

あんまり興味がないから、それほどこだわりもなく、会社の人に勧めらえるがままソフトバンクに契約しました。

 

特に何の不便も不満もなかったので、それから約8年ぐらい、ずーーーっと、ソフトバンクでした。

 

わたしはスマホのヘビーユーザーではなく、また、ネットは自宅のWiFiや外出の際にはスポーツジムなど、ほとんど無料WiFiを使うので、それほどネット容量は必要ではなかったので最低の2GBにしてました。

 

電話は、毎週土曜日には母に、20~30分電話するのと、仕事で使うので、かけ放題プランにしていました。

 

iPhone11 の分割返済を入れて、月額約10,000円ぐらいで、金額的には「そんなもんなんだろうなー」と思いながらも、他のキャリアのテレビCMを何度も見てると、やたら安いのも出ていることもあり、「もう少し安くならないかなぁ。。。」とは、考えてはいたものの、ほったらかしでした。

 

そんな中、9月に父が亡くなり実家にしばらくいることになり、その間、ネット容量がが2回も超過してしまって、月額15,000円になってしまいました。

 

大してネットを見てないつもりでも、ちょっとした調べものや、LINEでチャットなどがかさむと、意外とすぐに上限に達してしまうものなんですね。

 

今まで気がつきませんでしたが、ちょこちょこ2GBを超過していたみたいで、支払い履歴をみると、過去にも何度か13,000 ~ 15,000円ぐらい払っていたことに、つい最近になってはじめて気がつきました。

 

そんな中、たまたまヤマダ電機に入っている携帯キャリアのフロアを通りかかり、YMobileの営業マンにつかまったので話を聞いてみることに。

 

わたしは、安い携帯プランは、それなりにいろいろ不都合もあるのだろうと思っていましたが、なんと、YMobileに変更しても、基本はソフトバンクのネットワークで電話も、ネット環境も使えるので、環境はほとんど変わらないというではありませんか!

 

「じゃぁ、なんでYMobileって安いの?」と聞くと、ソフトバンクのブランディング戦略という部分もあるという。かなり薄利らしいですが、それでも顧客獲得、売上のトップアップが重要のようです。

 

ただ単にYMobileに切り替えるだけで、スマホ代が3分の1になり、それも、現在、ソフトバンクの契約ではネットが2GBですが15GBになるならと、すぐに切り替えることに決めました。

 

YMobile契約変更するつもりが・・・

 

週末の携帯キャリア変更窓口は、とにかく混んでいるので予約を取っていきました。

 

がしかし、、、

 

YMobile営業担当に、「今すぐに、ソフトバンクからYMobileに切り替えても、何の特典もつきませんよ。お客様を思うと、まずは他のキャリアに切り替えて、それからYMobileに再度切替え直せば、20,000円ほどお得になりますが、どうしますか?他のキャリアさんのお話も聞かれますか?」と言われ、

 

2万円もお得になるなら、話だけでも聞いてみようかと思い、連れていかれたのがドコモのデスク。

 

携帯電話会社間において、キャリア変更を短期間でさせることで契約案件数を稼ぐという点において、協力し合っているところが。どうもあるらしい。

 

そんなわけで、ドコモのデスクで自分のニーズを話したところ、「それなら、YMobileよりも、ドコモのアハモというネット申込のプランのほうが安いですよ。」と言われて、申し込みも簡単だし、ドコモ本体のプラント何の遜色もなく、何にもデメリットはないと言われ、安易に「それなら、申し込みます。」と速攻申し込んだ私が浅はかでした。

 

ドコモのアハモ、わたしはダメでした

 

よく確認をせずに、安易に申し込んだわたしが浅はかで、おばかさんだったというほかないのですが、正直、わたしは個人的には、ドコモの営業対応については、よく思っていません。

 

ここからは完全に個人的な経験であり、感想ですので、ドコモの方、ドコモLoveの方にはゴメンナサイ。

 

アハモが完全オンライン申込という説明は受けましたが、詳しい説明は一切なく、申し込みはとても簡単なので安心してくださいと言われ、まずはドコモの一番最低ラインのプランで契約し、言われるがままに、当日自宅でネット申込を試みました。

 

なぜ、アハモがダメだったのか。

 

1.スマホ購入が前提の画面しか出てこない。

 

メールで頂いたリンクを開き、質問に従って申込をしましたが、わたしが持っているスマホの機種について質問され、わたしはiPhone SEに切り替えたばかりでしたので、そのように回答すると、「その機種は保証の対象ではありません」とまずメッセージが出て、

 

順を追っていくと、最終的に、スマホ購入が前提の申込みボタンしか出てこず。

 

何度か試みましたが、何度やっても同じだったので諦めました。

 

2.VISAカードを支払いに使えない

 

わたしは全ての支払をできる限り、ANAのVISAカードに集約しています。

 

月額のプラン料金支払いで利用できるクレジットカードに、なんと、VISA、Masterという2大クレジットカード会社が入ってないではありませんか。

 

使えるカードは、JCB、セゾン、イオン、Dカードなど。

 

もうこの時点で、「あーもう、ヤダ、無理」と思いました。

 

3.対応はオンラインと郵送だけ

 

何か問題があった際に、ドコモショップでは対応してくれず、オンラインサポートか、郵送のみです。

 

また、ドコモショップは、何か相談する度に、予約をして来店し、都度3,000円ぐらい手数料が取られます。

 

なんだか、めっちゃ不親切と思いましたし、また、ドコモ営業マンは、契約するまでは愛想がよく親切でしたが、契約が済んだとたん、「申込などのサポートは有料になっちゃうんですよね。。。」と、全然助けてくれない。

 

それも運悪く、月末の手続きだったので、翌日からすぐ月額支払確定で、日割りにならないので、解約すると自動的に1か月分の支払が発生します。

 

解約まで、1か月待とうかどうか悩みましたが、とにかくもう、ドコモ無理だわぁ。。。という気持ちが先行してしまったので、次の日に速攻、YMobileのカウンターに行って、経緯を全て話して、YMobileに申込し直しました。

 

最初っから、YMobileの手続きで予約した日に手続きできていれば、こんなことにはならなかったし、再度手数料がかかるというので、交渉しましたところ、15,000円分キャッシュバックしてもらうことで解決しました。

 

YMobileのMプランに無事変更完了

 

「やっぱり、ソフトバンクがいい」と、今回の対応で、ものすごく、そう思ってます。

 

何がいいって、カウンターの営業スタッフも、電話カスタマーサポートも、迅速かつ的確な対応をしてくれることです。

 

また、ソフトバンクも、YMobileもカウンターに相談にっても無料です。

 

今回申し込んだプランは、15BGで電話かけ放題プラン:月額5,000円以下です。

 

15GBあれば、わたしには十分です。

 

この度、自身の浅はかな判断にて、いろいろ余計な出費もでましたが、それでも、今後月額が5,000円~10,000円も節約できることは大きいです。

 

現在、電話もネットも全く問題なく、ソフトバンクのFree WiFiも使えますし、とても満足しています。

 

母も兄もYMobileへ変更

 

わたし自身がYMobileに切り替えて、とても満足しており、サービスも安心だし、何より安くなり、また家族割があるため、母と兄もYMobileに切り替えました(というか、切替させました)。

 

母も兄も疎いので、わたしがほとんど手続きしちゃいました。

 

母はドコモでガラケーを使用していたので、ネット使用が可能ということも知らずに、月額5,000円ぐらい支払っていて、兄はAUでスマホ(アンドロイド)ネット容量20GBで、月額8,600円支払ってました。

 

二人ともほとんど使っていないサービスにお金を払っていた状況であり、また二人とも、わたしと同じで「そんなもんか」と思ってずーーーっと10年ぐらい支払ってました。

 

兄は8,600円も支払っているのに、やたらスマホの使い勝手が悪く困っていたし、母もドコモから散々「そろそろサポート終わります」と散々連絡受けていたものの、スマホに切り替えるのが億劫でそのままガラケーでした。

 

この度、父の四十九日と納骨で、実家に帰る予定があったので、そのついでに、地元のYMobileショップに足を運び、母と兄を連れて行って、わたし自身が母と兄がわかる言葉を使い「どれだけお得か」を説明し、二人の携帯キャリアをYMobileに切替しました。

 

母は簡単スマホで、

〇ガラケーから切替のためスマホ代は無料

〇65歳以上の割引あり

〇家族割で1,000円引き

で、ネット3GB、電話かけ放題プランで、1,700円です。

 

兄も機種にはこだわらないので、

〇スマホ代無料(アンドロイド)

〇家族割で1,000円引き

で、ネット15GB、電話10分かけ放題で、3,700円ぐらいでした。

 

母と兄の充電器、スマホケース、保護シートなどは、全部で2万円ぐらいでしたが、わたしの提案で切り替えることもあり、わたしが支払いました。

 

また、この度、電気代もソフトバンク経由に切替えたところ、5,000円のキャッシュバック、それぞれの携帯代100円引き、電気代1%割引。

 

そして、固定電話も固定費1,600円ぐらい払っているようなので、それもソフトバンクに切り替えて約半額に抑えられることに。

 

1年間で考えると、母はおおよそ40,000円ぐらいの節約、兄は約60,000円ぐらい節約になりました。

 

母は年金暮らし、兄はアルバイトなので、二人の暮らしは厳しいので、ちょっとした工夫で、少しでも節約できるのなら、わたしは努力を惜しみません。

 

二人合わせて、年間4万(母)+6万(兄)=約10万円節約になるのは大きいです。

 

わたし自身は家族割を受けられないけど(本契約者なので)、それでも、今回、母と兄の携帯代が節約できてよかったと思ってます。

 

正直、携帯キャリアの世界は、ものすごい競争市場であり、プランも複雑化し、また、顧客の奪い合いによる強引な営業、そのための派手なキャンペーンなどで、本来のお客様対応というのがおろそかにされているように思います。

 

キャリア切替の際に、予約番号というのを本人が電話して、手続きしなければならないのですが、うちの母と兄は電話で聞かれている内容も、イマイチ理解できなくて、大変でしたので、スピーカーフォンにして、わたしが対応しました。

 

ドコモの電話対応はまだよかったですが、AUは最悪でした。

 

とても冷たく、感じ悪かったです。

 

その対応者がたまたま感じ悪かったのかもしれませんが、ひとりのスタッフの対応が、その会社を印象付けてしまいます。自分も自身の仕事で、お客様対応する際に、気をつけようと思った次第です。

 

母のスマホデビュー

 

ガラケーからスマホ切替には、だいぶ抵抗ありましたが、実際にYMobileショップに連れていき、スマホを手に取ってもらって、店員さんに親切にしてもらえたこと、そして、何より携帯代が安くなることで受け入れてくれて、めでたくスマホデビューしました。

 

購入当日は、スマホをバッグに入れたまま、また、テーブルに置いたまま触れようともせず、まるで怖いものを触るような感じで、自ら手に取ってくれる様子はありませんでしたが、

 

いざ、電話がかかってきたり、お友達からLineメッセージが来たりすると、やらざるを得ない状況となり、なんとか電話に出る、電話をかける、Lineでテキスト送る等はできるようになりました。

 

でも、やはり慣れないこと、新しいことへの抵抗と負担は大きいらしく、ちょっとしたことの応用を聞かせられず、できない、わからない=もうやだー、となってしま鵜傾向があります。

 

母は今年で75歳ですが、新しいことを理解し、学ぶということに、だいぶ抵抗を示すようになってきました。

 

母の周りのお友達も、スマホデビューしたものの、基本的な操作がさっぱりわからず、ストレスを抱えているらしく、そのお友達はドコモらしいのですが、相談に行く度にお金を取られるし、教えてもらっても、さっぱり頭に入ってこないみたいで、困っているようでした。

 

それでも、やっと、わたし宛に、Lineでスタンプを送ってくるようになったので、大きな一歩です。

 

携帯電話会社の課題

 

どこのキャリアも、営業窓口、カウンターのスタッフは若い人が多く、ほぼ100%スマホ世代です。

 

わたしでさえ、時々言っていることがわからない(言葉がわからない)ことがあるので、母の世代にとっては尚更、難しいだろうし、まったく頭に説明が入ってこないから、理解できず辛いだろうなぁ、、、と思います。

 

どんなにスマホのレッスンを受けたとしても、言葉ひとつひとつの意味がわからず、おそらく、外国語を聞いているような印象だと思います。

 

契約手続きするだけで、

 

YahooのID持ってますか?

AppleのIDは何ですか?

Gmail教えてください

 

と、こんなことが必要になり、店員さんは、ごはん食べるのと同じぐらい自然に知っていることですが、母の世代の方々には、なんのこっちゃです。

 

そもそも、Yahooを知らない、Appleも馴染みない、Gmailって、何?っていう次元ですから。

 

わたしの母なんて、今まで、ガラケーのショートメッセージしか経験がないため、いざ、Gmailでメールを打とうと思っても、「件名って何?」、みたいな感じで、こういった質問が返ってくるというのを、携帯キャリアの店員さんも理解してもらったほうが良いように思います。

 

母の世代で、パソコンにも触れたことのない人たちには、若い人たちが当たり前に知っていることが、まるで他の星であるかのような感覚になってしまうのです。

 

実際に、わたしもYMobileで手続している時に、隣のカウンターで60代ぐらいの女性がいらっしゃって、何を言われても、質問自体の意味がわからなくて、とっても困っている様子でした。

 

感覚的には、おそらく、若い世代の人たちが、ダイヤル式の電話を見ても、どうしたら電話がかけられるのかわからない、といった感覚だと思います。

 

携帯電話会社の営業マン、サービスに従事ししている皆様、どうぞ、団塊の世代のお客様が、安心して、契約のお手続きや、困った時に相談できるようなサービスの提供をお願いします。

 

そうすれば、もう少し、母の年代の方々も、安心して、勇気を出してスマホデビューできることと思いますし、スマホを楽しむことができると思います。

 

もっと、優しい世界になればいいなと、そう思います。

 

それでは、みなさま have a nice day

 

by ちびまる

 

iPhone11を手放しiPhone SEに戻した理由

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画像:photoACBerutaさん

 

iPhone11を手放した理由

 

2年前にぐらいに、以前使っていたiPhone SE (初代)の不具合が出始めたので、「そろそろ買い替えかしら・・・」と思い、ソフトバンクに相談したところ、その頃、ちょうどiPhone11がまだ出始めたばかりの時で、また、当時SEが販売されていなかったこともあり、とりあえず、iPhone11を約9万円ぐらいで購入しました。

 

それほどiPhone11が欲しかったわけでもなく、特別な思いはなかったのですが、一番新しいから、「ま、それでいっか」と、安易に選択したのが間違いでした。

 

正直なところ、iPhone 11を持っていたこの2年間、特別に何か、便利さを感じたことはなかったです。

 

それどころか、逆にめちゃくちゃ不便さを感じてました。

 

一番の不便さは、スマホの大きさです。

 

わたしの手は、とても小さいので、iPhone11のサイズは大き過ぎて、まったくフィットしません。

 

スマホを落としまくりでした。

 

幸い、頑丈なガラス素材のカバーと、スクリーン保護材を使っていたので、どんなに落としても、本体に傷がつくことはなかったのですが、カバーの損傷がひどいのなんのって、見た目が美しくなかったです。

 

あまりにスマホが、手から滑り落ちてしまうので、カバーの後ろにリングをつけてみましたが、テーブルに置いた時にしっくりこないし、バッグにもスポっと入りません。

 

iPhone11は、カメラ機能など、いろいろと便利な機能が盛りだくさんなのでしょうけど、残念なことに、わたしのように、あまり使いこなせない人(その機能に用がない人)が持っても、これらの機能はまったく価値を生み出さない。

 

顔認証でスマホ画面が表示されるというのも、イチイチ、マスクを外さなければならないし、マスクしたまま顔認証できるようにしてしまうと、セキュリティがさがってしまうし・・・「あーメンドクサイ」と思ってました。

 

そんなわけで、高いスマホ買ったわりに、あんまりハッピーじゃなかったです。

 

コンパクトなiPhone SEがいい

 

街をぷらぷらしていた時に、目にしたiPhone SE。

 

「あっ!、小さい💛」

 

たかがちょっとした大きさの違いですが、わたしはそれだけで、ときめきました。

 

「やっぱり、あの、小さいのがいいなー」

 

手に取ったら最後、めちゃくちゃフィットする。

 

「やっぱり、切り替えよう」と、その場で決心しました。

 

iPhon11の分割払いが6万ぐらい残ってましたが、ありがたいことに、SEのキャンペーンをしていたので、本体が22,000円で買えるというので、すぐさまカード決済で買っちゃいました。

 

iPhone11を下取りに出せば、2年間の支払が無くなり、残り数千円だけ払えばよいということだったので、迷いなく、その日のうちに、iPhone11を初期化してポストに投函、下取りに出しました。

 

フィット感は大事

 

何でもそうですが、「フィット感」ってとても大事だと思います。

 

どんなに世間が良いというものであっても、自分にとってフィット感がなければ、手に入れるべきではないと思います。

 

わたしにとってスマホは、この、わたしの小さな手の平に、ぴたっとフィットする感が一番大事なのです。

 

ちょっとだけ、小さいだけで、これほど違うフィット感。

 

SEはボタンを押して、いろいろ作動しますが、指紋認証なら、ポチっと押せばすぐ開くので、マスクを気にしなくてもいいから楽。

 

カメラ機能が若干落ちるとのことですが、全然気にならないし、それ以外もほとんどiPhone11と遜色なく、わたしには、まったくその差がわからなかったです。

 

カバーも、滑らない素材のもので、しっかり保護でき、ついでにブルーライトカットのものに変えました。

 

ジャケットのポケットにも、バッグにも、すっぽり入るSEサイズ。

 

ちょっとしたことだけど、気分がいいし、「スマートさ」を感じます。

 

ついでにプランも変更

 

わたしは現在、ソフトバンクで、容量2GB、電話かけ放題、というプランに入っているのですが、先日、ネットの容量が思いっきり超えてしまっていて、月額1万円から、気がつけば1万5千円になっていて、びっくり!

 

通常は、自宅やスポーツジムではWiFiを利用できるので、スマホの容量をほとんど使わないので問題ないのですが、たまに実家に帰ったりすると、一気に使用料が超過してしまい、一気に高額に。

 

また、わたしは日ごろPayPayでほとんどの支払をしてしまうのですが、時々、WiFiがオンになっていると上手く機能しないのでWiFiをオフにするのですが、急いでいたりすると、うっかりWiFiオンにするのを忘れ、気がつけば4GでYoutubeを長時間見てしまうという凡ミスをやらかしてしまいます・・・。

 

そんなわけで、もっと安くて、便利なキャリア、サービスに変更することにしました。

 

ソフトバンクに吸収されたYモバイル。

 

ソフトバンクのプランに比べ、各段に安いけど、ネットワークなどは、ソフトバンクとほとんど同じとのことで、Yモバイルに切り替えることにしました。

 

わたしは、携帯電話は1つしか持ちたくないので、あえて会社の携帯は借りてません。

 

なので、個人の携帯で仕事も済ませており、また、実家の母(ガラケー)に毎週電話をかけます。

 

長い時で30分ぐらい話を聞をするので、電話かけ放題は必須。

 

現在、ソフトバンク2GB、電話かけ放題で、月額12,000円ぐらいがアベレージ。

 

Yモバイルの場合、15GB、電話かけ放題で、月額6,000 ~ 7,000円ぐらいになるというので、そちらに切り替えようと思います。

 

ネット容量が大幅に増えて、かつ、月額経費がざっくり半額になります。

 

iPhone11の下取りが済まないと、切替ができないので1か月ぐらい待つのですが、それでも、月額半額ぐらいの費用になるなら、切り替えない手はないです。

 

SEの本体はカードで一括払いしたので本体の代金はかからないので、長い目で考えれば、大幅な経費削減になります。

 

もっと早く気がつけばよかったなぁ、とも思うけど、きっと、そういうタイミングだったのだと思います。

 

自分にとっての価値を考える

 

今回実感したのは、「自分にとって何がベストなのか」を、世間の流行りなどに惑わされずに、しっかり自分軸で選択すべきということ。

 

わたしにとって、スマホというのは、

 

①電話がかけ放題で

②ネットを安心して使えて

③電子決済ができて

④写真が手軽に撮れて

⑤音楽が聴ければそれでいい。

 

そのぐらいの機能があれば、十分なのです。

 

また、写真のクオリティなどには、それほどこだわることなく、撮ったとしても、ほとんどが削除しちゃいますし、SEでも十分キレイに撮れます。

 

話は変わり、わたしの母は、ガラケーを手放さず、スマホに切り替えるのは、絶対イヤだと言います。

 

それは、「スマホの便利さを知らない」というのもありますが、「今のままでいい」と思っているからであり、スマホにすることにより発生する「煩わしさやトラブル」がイヤみたいです。

 

わたしも、ずっとガラケーだった時期があるので、その気持ちは、とてもよく分かるので、無理にスマホを勧めたりはしません。

 

本人がそれで良いというなら、それで良いのだと思います。

 

価値は人それぞれ、ですからね。

 

それでは、みなさま have a nice day

 

by ちびまる

 

父の葬儀を終えて、今思うこと

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画像:photoAC

 

父の最期

 

父が亡くなってから3週間。

 

父の生涯と最期の日を、自分のそれと重ねて考えている自分がいます。

 

父は、良くも悪くも不器用で、一生懸命な人でした。

 

一生懸命で、勤勉で、努力家という面において、わたしは父を尊敬しています。

 

また、残念なことに、あんまり、まわりから認められるということも、それほどなかったように思います。

 

だから、晩年期においても、承認欲求が強かった。

 

娘ながら、なんだか、ちょっぴり気の毒に思うほど。

 

でも、それはわたしが知っている父であって、わたしが知らない父もいたわけで、例え娘であっても、父という一人の人間を全て理解するなど無理な話。

 

父の最期は、少なからず、母、兄、そしてわたし(娘)に囲まれて、葬儀までの間4日間、なんだかんだと話しかけられて、わたしたちなりに、精一杯、父をあの世に送りだしたつもりです。

 

そういった意味では、父は幸せだったんじゃないかなと、勝手ながら思ったりもします。

 

でも、どうしても、違和感があるのが葬儀という儀式。

 

ちゃんとお別れする儀式として、葬儀というものは大事なイベントなのかもしれない。

 

だけど、どこか義務的というか、世間一般的に当たり前だから、常識だからという側面が強く、普段意識を全くしてない宗派のしきたりに従って、通夜から葬儀、そして納骨など、一連の儀式がとり行われる。

 

なんだか、ちょっと、「嫌だな」と思う自分がいます。

 

故人を想い慕うということより、世間体的に、やらざるを得ない葬儀や仏事。

 

自分がこの世からなくなったら、そんなの要らないと、正直思ってしまいます。

 

目の前の生活で精一杯のわたしの家族、そして親戚、知人など、個人を想い、偲ぶ前に、お金の心配、仏事を滞りなく、粗相なく行うこと、そっちに頭が持っていかれ、それどころじゃなくなるというのが現実。

 

何度も繰り返すようですが、、、それも、普段全く意識もせず、信仰もしてない、先祖代々からなんとなく引き継がれた宗派に沿って行うというのが、やっぱり心に引っかかります。

 

信仰とは

 

わたしの家系は浄土真宗。

 

南無阿弥陀仏:阿弥陀如来さまに心から従い、感謝します

 

と唱えることで、どんな悪人だろうと、生涯を終えた瞬間、阿弥陀如来さまが手ですくってくれて、すぐさま天国の蓮の花にて生まれ変わらせてくれるという。

 

今回、父の葬儀でお坊さんの説法で、はじめて知りました。

 

ざっくり理解したのは、

 

浄土真宗の教えとは、人は所詮、煩悩から逃れられる生きものではなく、どんなに修行したところで、解脱(迷いの苦悩からぬけ出て、真の自由の境地に達すること)はできない、だから、人生そのものが修行であって、その修行(人生)を終えた後には極楽浄土へ行けちゃう、という感じです。

 

ある意味、とても救われる、安心して生きられる教えでもあるなと思いましたが、だからといって、これから自分自身のライフに何か影響するかというと、そうでもない。

 

オーストラリアに在住中に、「君は神を信じてるか?」と唐突に聞かれ、「信じてないし、特別な宗派もない」と答えたら、「一体何を指針として生きているのだ」ととがめられたことがあります。

 

わたしの場合は、幼少時期に特別な教えを教え込まれていたわけでもなく、神を考えたことも、意識することなく成人となってしまったため、ある意味「教養不足」なのでしょう。

 

今のところ、わたしが信じるのは自分自身であり、自分が大切にする人たちであり、自分が「そうだな」と思える事柄です。

 

それは、目に見えるもの(事実ベース)の場合もあれば、目には見えない感覚的なものだったりします。

 

きっと、これからそんな感じで、わたしは生きていくのだろうなと、今のことはそう思ってます。

 

自分の最期を考える

 

今月48歳になるわたし。

 

48歳って、結構もういい年だなぁ、と思ったりもしますが、人生100年と言われる今日この頃、まだ折り返し地点ちょっと手前です。

 

父の最期をみながら、自分の最期はどうありたいか、ふと考える時があります。

 

「最期にどんな人だったと言われたいか」というのは、自己啓発系の学びにて、よく問われる問だと思いますが、自分はどうなのか、考えてみました。

 

「どうありたいか」というより、「どうありたくないか」と考えるほうが、考えやすい。

 

まず、形式的な葬儀や仏事は要らない。

 

そして、お墓も何も要らない。

 

できることなら、粉骨して、どこか自然の美しいところで、風と共に散りたい。

 

そして、「どんな人だったと言われたいか」という問いについても、正直、何か思うことはない、というのが正直なところです。

 

わたしは生きている間に、この世に、この世の誰かに触れて、何かをお互い感じるものが少しでもあれば、それで充分かなと思ってます。

 

人生を終えたら、「誰かに覚えておいて欲しい」という欲求も今のところはないかも。

 

時折、機会があれば何かのシーンで思い出してもらえたら、それでいい。

 

こんなわたしだから、正直、親族の死別において、あまり心を痛めることも、落ち込むことも、それほど強い思いはなく、それはわたしに限らず、わたしの母も兄も同じ感じです。

 

もしかして、これは「DNA:家系か?」と思うほど、わたしの家族は、驚くほど、しんみりしないです。

 

不謹慎と思われてしまうかもしれませんが、わたしも母も、父の葬儀を終えた夜、父のお骨がある中で、バラエティのTV番組を見て大笑いしてるという、なんとも滑稽な風景でした。

 

途中母が「お父さん、どう思ってるかしらね、葬儀の夜に、こんなに、あはは、おほほと笑っている家族を」と言ってましたが、わたしはそれに対して、「たぶん、お父さんも一緒に笑ってるよ」と返したら、うちの母も「そうだねー」と、あっけらかんとしてました。

 

こんな風に思えるのは、もしかしたら、父は3年間入院していて、コロナ禍においてまともに会えず、わたしも、母もなんとなく、どこかすでに「会えない」というその環境に慣れていたため、いざ永遠のお別れという時が来た時には、すでに免疫ができていた、ということもあるかもしれません。

 

これが、ついさっきまで一緒にいて時を過ごしていて、急にあの世に行ってしまったとなれば、また心境は違ったかもしれません。

 

また、依存度にもよるかもしれないと、ちょっと思ったりもしました。

 

わたしも母も、父には依存はしていなかったので。。。

 

でももし、母が亡くなったとなれば、父のそれとはちょっと違うかもしれません。

 

わたしは、父に比べ、母にはたくさん助けてもらった、支えてもらったという想いがあります。

 

また、母のほうが精神的にもとても近いというのもあり、もし、母が亡くなったら、大泣きして、当面立ち直れない自分がいるかもしれません。

 

いずれにしても、こういった感情というのは、その場面に面して初めて湧き上がるものであって、いくら事前に想いを巡らせてみても、わからないもの。

 

きっと、人の一生というのは、人との別れというのは、そういうものなのかもしれませんね。

 

いずれにしても、今を大事に、悔いがないように生きる、それが一番大事と思います。

 

それではみなさま、have a nice day

 

by ちびまる