空飛ぶちびまる(自由気ままに)

おひとり様女子のエッセイ

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キャリア(ライフ)を見直す。今の自分が立っている場所、そして向かう場所を考えてみる

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写真:photoAC: photoACぐっとぴさん

 

キャリアプランとは何か

 

キャリアプランとは何か。

 

〇将来の夢

〇将来自分がなりたい姿

〇成功へのロードマップ

 

自分が将来なりたい夢を叶えるために、もしくは、なりたい自分になるために、今から未来に向かって、自分は何を具体的にすべきか、計画を立てること。

 

ライフプランとは何か

 

〇人生設計

〇仕事

〇結婚

〇夢

〇生き甲斐

〇生き方

〇資産構築

 

など、キャリアプランもひっくるめて、人生全部のプラン。

 

わたしがなりたかった自分

 

将来自分がなりた姿。

 

このテーマ、久しぶりに、考えているわたし。

 

10代の頃は、将来の夢とか、なりたい自分とかが、よくわからなくて、学校での成績は良いほうだったけど、身になる学びはほとんどなく、恋愛に夢中になっていた日々。

 

20代~30代は、わたしの人生の中で、一番進化した時期で、

 

〇英語がしゃべれるようになりたい

〇海外に行ってみたい、住んでみたい

〇海外で活躍できる仕事に就きたい

 

という、単純な外国への憧れだけが、わたしを突き進めるエネルギーとなり、半ば強引に、何かといろいろ推し進めて、必死でいきていた時代。

 

キャリアプラン、ライフプラン、、、その時、立てていただろうか。。。

 

特にこれといった、プランを立てた記憶はなく、ただひたすら、「〇〇したい」という欲望だけを胸に、鼻を効かせて生きてきたように思います。

 

そして40代(現在)

 

〇海外生活も経験した

〇英語も習得した

〇国際的に仕事もしてきた

 

TOEICにチャレンジしたり、MBAにチャレンジしたり、その時、その時の自分がやってみようと思ったことを全てやってきて、ある程度の役職にも就いた今、久しぶりに足を止めて考えてます。

 

 

今のわたしは、20代や30代の頃のわたしがなりたかった自分になれているのだろうか。

 

当時、わたしがなりたかった自分は、海外を飛び回り、役職にも就いて、責任ある立場で仕事をしている姿、だったと思う。

 

きっと、それは、ここ数年で、中身はどうであれ、形的には成し遂げられたと思う。

 

20~30代の自分は、たくさんの国に行ってみたかった。

 

そして、たくさんの国の人たちと仕事をしてみたかった。

 

スーツケース片手に、あちこち世界を飛び回りながら仕事をする自分。

 

きっと、その夢は、現実になったのだと思う。

 

でも、いざ、20~30代の自分が目指していた、夢に描いていた地点に立ってみると、その景色は一瞬だけぱっと華やいで、花火のように散っていく感じで、夢は続かない。

 

夢が現実になる瞬間は、最高に嬉しいけど、夢が夢ではなくなったのだから、寂しい。

 

もともと、わたしは、あまり夢を描ける子供ではなかったし、なんとなく、漠然とした憧れみたいなものは抱くとしても、いざ、その時点に達してみると、夢が現実となり、その熱は冷めていく。

 

「なりたい自分の姿=夢」というのは、大きく美化してしまうというか、神聖化してみてしまうところがあって、大恋愛に近いものがあると思います。

 

例えば、瀬戸内寂聴さんの昭和の問題小説「花芯」の主人公、園子さんがずーっと恋焦がれていた相手とついに結ばれたーっというその夜に、感情も欲望も何もかもがピークに達し、一気に夢から覚めてしまった、というのとちょっと似ているかも・・・。

 

いずれにしても、20~30代の頃のわたしが思い描いていた夢から覚め、今のわたしは、その頃に感じていた、こうなりたいという欲望があまり持てないという自分を自覚しています。

 

くだらない比較で苦しんだ40代前半

 

20~30代の頃の自分が成し遂げったことをやり遂げた40代前半。

 

そこまではよかったのですが、下手にMBAなど経験したものだから、ヘッドハンティングなど、エージェントから声がかかるようになって、自分の市場価値を見誤ったというか、くだらない他人(市場相場)との比較をするようになってしまって、苦しんだ時期がありました。

 

でも、いざ、エージェントといろいろ話をしてみると、高給取りにはなれるけど、自分がやりたいことと、市場から必要とされるポジションに大きなギャップがあり、また、ニーズのほとんどが都心部勤務だったため、

 

〇やりたくない仕事

〇物価が高い都心へ引っ越し

〇忙殺される日々

〇クビになるリスク

〇健康の懸念

 

などを考えると、たとえ今より倍以上の給与だったとしても、わたしにとっては価値がないオファーだったので、現職に留まる選択をして現在にいたります。

 

今のわたしが欲しい姿(ゴール)は?

 

転職を考えたということは、少なからず、何かしら、現状に満足していない自分がいることは確か。

 

 

今のわたしがなりたい姿とは、ゴールとは何だろう。

 

正直なところ、まだ、あまりよく見えていません。

 

でも、自分にとって、大事な事柄のキーワードは、なんとなくわかってきました。

 

〇健やかな精神と肉体(これ、No1)

〇実のある温かい人間関係

〇味わいのある暮らし

〇シンプル&バランスと調和

〇たくましく生きる

〇楽しく生きる

 

 

以前は、「成功者になりたい」、「お金持ちになりたい」など、単純に考えて、そういったステータスに憧れを持ったりもしたけれど、さすがに50代に差しかかろうとしている今、成金のようなステータスに単純に憧れることはなくなりました。

 

お金は、あればあるだけ使うのだろうし、なけりゃないで、それなりに生きていけるものだろうから、そこそこの暮らしが営める程度の経済力を身に着けていられれば、それでよいかもしれない、と思うところがあります。

 

今の仕事では、海外出張でいろんな国にも行けるし、隙間時間でその都市を味わえたりもするから、わざわざ休暇で海外に行きたいとも思わず、どちらかというと、時間がある時は、自宅でのんびりしたい。

 

今の暮らしに特に不満はないし、特にこれといって、欲しいものもないので、実は、お金を使うこともあんまりない。

 

じゃぁ、わたしは、今、何が欲しいのか、どんな自分になりたいのか、何を成し遂げたいのだろうか。

 

飢餓感がない自分に危機感

 

今のわたしは、一言でいうと、飢餓感がないのです。

 

たぶん、満たされ過ぎて、平和で幸せな毎日過ぎて、心地よ過ぎる場所にたどりついてしまったのだと思います。

 

それは、精神と肉体的には、安堵できる素晴らしい場所であり空間なのだけれども、その快適さに甘んじて、何も考えなくなったら終わり、老いていくだけ。

 

年を取ると、いろんなことに億劫になるってよく聞いてはいたけど、自分もそれがわかる年になってきたというのは、本当に、気をつけないと、ただただ老いていってしまいそうで、今の自分に危機感を感じる日々です。

 

ひとは、怠惰になろうと思えば、いくらでも怠惰になれる生きものですから。。。

 

今のわたしには、飢餓感、そう、アドレナリンが出る状態が、もっと必要なのでしょう。

 

わたしには、師とする人がいません。

 

きっと、師とする、自身が見本としたい人物を見出すことができれば、その人物像を追いつくことを求めて、自身を磨くことに専念し、キャリアプランやライフプランなんぞ、考えている暇などないのでしょうね。

 

もしかしたら、その答えは、自身がどんな個性の個人でありたいか、ということかもしれません。

 

日々、目の前にある仕事をこなしていくだけで精一杯で、あっという間に1週間が過ぎ去ってしまうので、1週間に数時間でも自分を見つめる時間を設けて、今後、自分がどのようなIDを持って生きていきたいのかを考えてみよう^^

 

まずは、モデルになる人物像を見出さないとすね。

 

それでは、みなさま、have a nice day

 

by ちびまる