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事実ベースの情報をもとに物事を判断・選択をする難しさを自覚し、自分なりの結論を出す勇気を持つ

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ニュースで、衆院選の投票の際にフェイクニュース(ブログも含めて)に気をつけてと注意喚起を促しているのを拝見しました。

若い世代においては、テレビや新聞に触れる機会が少なく、物事の大半をインターネット、SNSで流れてくる情報で判断しているということに、危機感を感じているとコメンテーターが話しをしていました。

「事実を知る」という観点から考えると、ネットに限らず、テレビ、新聞、書籍などどのメディアにおいても、事実であるかどうかを見極めるのは困難であることに違いはないと、わたしは個人的には思います。

生活の中において、常にわたしたちは、何かを判断し、選択し、行動に移しています。

今日は何を食べよう、どこで食べよう、どこに行こう、など、影響範囲が自分自身に関ることだけであれば、何の情報を得て判断をしようと、例え失敗しても、「得た情報と実際は違うものだった」とがっかりするぐらいで済みます。

しかしながら、人生においての大きな判断や選択、自分以外の多くの人々が関る判断や選択については、情報収集の仕方や、集めた情報との向き合い方は、慎重に進める必要があるかなと思います。

情報への向き合い方を考える



わたしは、良くも悪くもシンプルな頭の構造で、聞いたこと、読んだことをそのまま鵜呑みにして、「へぇ~、そうなんだぁ」と、いとも簡単に思い込んでしまう習性があります。

だからこそ、わたしは特に、この情報過多な時代に、SNSとの付き合い方、人との付き合い方、メディアとの向き合い方に注意をしなければならないと考えています。

わたしは、情報との向き合い方については、大学院MBAコースで経営全般を学んでいるときに訓練をしました。

自分にとって大事なこと、もしくは、ビジネス上で大事なことを判断する材料として、参考とする情報を収集する際には、下記のことに気をつけて、情報と触れるようにしています。

1.信頼できる情報源なのか
2.情報の根拠は何か。
3.事実なのか評論なのか


この3つを意識して情報収集にあたるようにしています。

また、1つの情報源ではなく、複数の情報源から同様の記事を集めて見比べることで、

1.複数記事間に相違があるのか。
2.情報源は少数派か大多数か。
3.評論の方向性


を意識しながら情報に触れます。

偏った過激な評論が目につく記事は、さらっと読み流して、事実に基づいて、淡々と書かれている記事についてはじっくり読む傾向にあります。

また、仕事上では、評論ではなく、事実(統計結果)などの記載がある記事や論文を読むようにしています。

地味目な情報にも目を向け、周りに迎合せず自ら結論を出す勇気



人は、ゴシップ、派手で過激な情報、スキャンダラスな情報に反応する傾向にあるかと思います。

理由は、盛り上がるからではないかと思います。

そして、その情報をSNSで拡散することで、注目を浴びたい、大きな話題を呼びたい、みんなで盛り上がりたい、という欲求を無意識のうちに満たす傾向にあるというのも否めないなと、わたしは感じています。

SNSでの情報の拡散は、良い一面もあるでしょうから、SNSを否定するつもりはありません。

でも、情報の拡散は、あくまで、「良心」が根底にあることが大事だと思っています。

情報の取扱い使い方についても考える必要があります。

入手した情報をどのように読み解釈するのか。

みんなと同じ方向性の選択や結論を出しておかないと、盛り下がる、しらける、仲間はずれにされる、など、社会的な欲求を満たすために、自ら本気で考えて結論を出すことをせずに、「周りと迎合する」ことを選んでしまう人もいるでしょう。

事実は意外と、地味目な記事に書かれているものと論じている人もいます。

わたしは、この意見に同感です。

地味目なことは、盛り上がりに欠けるし、おそらく、つまらないものと映ってしまうかもしれません。

誠実に事実だけを淡々と書いてある記事は話題づくりには役に立たない地味さがあるかもしれません。

周りに迎合せずに自分の意見を発する勇気について。

日本は農耕民族という歴史もあり、「みんなと一緒の方向を向き、集団で生きる」という集団主義的な傾向があります。

だから、「みんなと同じ意見でないと居心地が悪く不安」という人も多いのではないでしょうか。

みんながAの内容に「そうだよね!」と盛り上がっている側で、「みんなとは違うBを選ぶ」のは勇気がいります。

見方を変えると、「協調性がない」と見られてしまい、昔で言えば「村八分」にされてしまうリスクがあるからです。

正直なところ、いろんな面において、大多数の意見に乗っかるほうが楽です。

大多数の意見に乗っかったことで例え失敗しても、「自分のせいではない。だって、みんなも選んだのだから、しかたがない」と、「赤信号みんなで渡れば怖くない」=責任放棄をしやすい環境なので、乗っかりやすいという面もあるかと思います。

また、みんなで選んだ答えの正当性を皆で語り合い盛り上がるといのも、仲間意識を強める要素となるのかなと思います。

みんながそれぞれ、周りに影響されずに、自分なりの選択をした結果、Aの選択をした人が多かった、というのであればいいと思うのですが、◯◯さんもAを選んだから、わたしもAを選ぶというのは、単なる迎合であり、自分の意見が反映されていない選択であり、これは良くないなと思います。

わたしは、大多数の意見が常に正しいとも限らない、ということを頭の片隅に入れながら、物事の判断をしていきたいと考えていますし、また、集団的な母体の力に影響されずに、物事を判断し、選択していきたいと考えています。

基本的にわたしは、個人主義な傾向が強いので、いつも同じグループ(集団)だけで集まる、遊ぶ、関係を構築するということは好まないです。

わたしは、自分なりに情報収集をして、自分なりの結論を出して、自分が選んだ結論と方向性に責任を取れる人でありたいと思っています。

日本以外のメディアや現地の一次情報にも触れる



わたしは、グローバルビジネスに関った仕事をしているので、日本語の情報源だけではなく、他国で報じられている英語の情報にも触れるようにしています。

また、仕事に関する情報収集は、出来る限り、現地に入り、現地の人と話しをして一次情報を得る努力をしています。

日本の情報だけに触れていると、日本のメデイアは日本を中心に考えたニュースの配信をする傾向があるので、他国との関わり方、他国の情勢などが、日本寄り(日本の視聴者が関心を寄せるであろう)偏った内容に編集され、報道されていると感じることがあります。

わたしは諸外国において市場開拓の仕事をしていますが、現地の市場情報、顧客の購買動向、現地代理店のセールスの仕方は、現地に入って、いろんな人とたくさん話しをして、自分の足で出向いて、情報収集をしないと、なかなか「使える情報」を入手することができないと感じています。

できる限りたくさんの人と話しをする=情報源の分母を大きくすることで、得た情報の信憑性について判断しやすくなります。

個人が誰でもたやすく、ネットで情報発信できる時代。

ネットで簡単に情報収集ができ便利になった一方で、本当に欲しい情報を手に入れづらいとも感じます。

情報過多な中、情報選別作業も増え、また選択オプションがあり過ぎて、迅速に選択や判断もしづらいと感じることもあります。

自分の耳や目に触れる情報を、自分なりにコントロールする術を身につける必要があるなと感じています。

どんな情報源を頼りに、事実確認をするのか、その便りにする情報源(出発点)を誤ってしまうと、誤った情報を元に判断しなくてはならなくなるため、最終的に、進む方向性を誤るリスクが高まります。

情報収集の仕方、情報の選び方はとても重要な作業であると、わたしは思っています。

みなさまも、膨大な情報の渦巻きに飲み込まれないように、気をつけて下さいね。

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