2017年の自分を振り返る
今年も残すところあとわずか。
毎年、クリスマスが過ぎる頃、1年間の自分を振り返ります。
今年の自分は、
〇新しい自分と出会えたかな、
〇新しいチャレンジができたかな、
〇昨年よりも一歩前進できたかな、など
楽しいことも、大変なことも、嬉しいことも、悲しいことも、ぜんぶひっくるめて、自分は精一杯生きたかなと、自分自身のことを振り返るようにしています。
あなたにとっては、どのような年でしたでしょうか。
わたしにとっては、一言で言えば、走り抜けた一年となりました。
仕事も、遊びも、どっちも。
今年は6回の海外出張を経験しました。
4月にチェコ、プラハ
5月にシンガポール
6月にサンデイエゴ、USA
7月にサンデイエゴ、USA
9月にリスボン、ポルトガル
11月にワシントンD.C.、USA
現場に出かけていって、たくさんの人と出会って、市場の一次情報を取りに行くことに専念しました。
また、現地市場のことは、現地のパートナーに学ぶ年でもありました。
そして10月には念願のフィレンツェ、イタリアの個人旅行を経験しました。
20年来の夢を叶えた年でもありました。
西に行ったり、東に行ったり、個人旅行も合わせると、合計7回、それも長距離フライトばかり。
体力勝負な年でもありました。
これだけ、いろんな国々へ出かけて、仕事をさせてもらえることに感謝しつつ、健康管理には細心の注意しながら、わたしなりに、精一杯生きた2017年でした。
健康第一を実行する
健康第一とは誰もが口にすることです。
でも、日々の忙しさの渦中にいると、ついつい健康以外のことを優先させてしまいがちです。
一度壊れたカラダを後で取り返すのは大変です。
もしかしたら、一度壊したら、取り返せないかもしれない。
カラダを壊してしまったら、今目の前にある自分の夢や、頑張っていること、すべてを棒に振ってしまうことになりかねない。
だから、わたしは、何よりも自分のカラダも心の健康を優先し、一番大切にしています。
具体的には、
〇毎日しっかり睡眠をとる
〇毎日しっかりご飯を食べる
〇週2回は運動をする
〇生活に余裕と余白を持つ
〇楽しいことを優先させる
上記に挙げたことは、特別なことはひとつもなくて、ぜんぶ普通のことですが、まわりの友人の話を聞く限りでは、なかなかできていない人が多いのかなと感じています。
『生活に余白を持つ』というのは、スケジュールに何にもいれない、自由に過ごすということです。
生活に余白を持つことで、普段気がつけないことに、気がつくことができます。
生活に余白を持つことで、小さな幸せに気がつけて、心の平安が保たれます。
理由は、周りの習慣、周りの常識に自分を合わせてしまう、周りの目(周りが自分をどう思うか)が気になる、または、健康を失う怖さを本当の意味で信じていないからだと思います。
本当は、休みをとっても問題ないのに、周りの目を気にして、休みを取らない人の気持ちはわたしには理解できないです。
周りの目がいったい、自分にとって、何の意味があるのでしょう?
周りの目、他の人が自分をどう思うかというよりも、わたしは、自分のカラダをケアすること、心を健全に保つために、しっかり休みも取りますし、自分の意志で、自分の仕事の都合に合わせてスケジュールを決めます。
わたしは、いつも考えていることがあります。
それは、自分がその場にいなくたって、会社も地球もまわるという事実。
自分の存在は、それほど大したもんでもありませんし、周りにとって大した影響もありません。
だからわたしは、まわりが休みをとらなくても、自分の仕事に合わせて休みを取り、自分のために、そして、大切な人のために、時間を使うようにしています。
今が大切。
今この時を、大切な人と、大切なひと時を過ごして、心も満たす。
それ以上大切なものは、わたしにはないです。
失った時間は戻らない、だから今を大切に
わたしが時間の使い方や、健康第一を強く思う背景には、わたしの父の大病があります。
わたしの父は、父が41歳の時に病に倒れました。
くも膜下出血でした。
わたしは中学一年生(13歳)でした。
生死をさまよいながら大手術を受け、幸い命拾いしましたが、父は視力を失いました。
倒れてから10年近くは、発作を何度も引き起こし、その度に救急車で運ばれ入退院を繰り返す毎日、仕事どころではなくく、生きるだけで精一杯でした、父も、家族のわたしたちも。
父は電気工事士でしたが、病気になり仕事を失いました。
仕事ができないカラダとなったのですから、解雇されるのも当然のことです。
会社にとっては、もう、使えない人は要らないのです。
真面目だけが取り柄の父でしたが、仕事が好きで、毎晩遅くまで仕事をしていました。
もちろん、仕事上のストレスもたくさんあったのでしょう。
カラダには自信があった父。
血圧が高くても、食べるものは気にせず、常に濃い味付けのものを好んで食べて、22時過ぎに帰ってきては、一人でロックのウイスキーを寝酒として飲んで24時前には寝る、そんな日々を繰り返し、自分のカラダについては完全に過信してました。
なんの根拠もない健康への自信が招いた悲劇。
病は突然やってきます。
ある日突然、父の頭の中でプッチンと、血管が切れてしまいました。
父だけではなく、家族全員の人生が大きく変わりました。
一番苦労したのは母ですが、一番苦しんだのは父でしょう。
ある日突然、自分のカラダが思うように動かなくなり、10年という長い月日をただ自宅でやり過ごす日々。
誰の役にも立てない自分と向かい合うには、長く辛い日々だったと思います。
父は、よく泣いてました。
その涙の理由は、苦しさと虚しさと悔しさだったのではないかと思います。
父が倒れて10年の月日が流れる頃、父はやっと自分の生きる道を見つけました。
50歳を超えていた父。
自分自身で見つけてきた、身体障碍者向けの職業訓練支援システム。
3年間寮生活をしながら、点字を覚えて、鍼灸師の国家資格を取り開業しました。
その後17年間、必死で働き、家族を支えてくれました。
大病をして、視力を失って、よく頑張って自分の新たな道を見つけ、頑張ってくれたと思います。
結果的に、父の驚異的な努力の末に、父は夢中になれる仕事、天職を見つけられて、一家の大黒柱としての役割を果たすことができましたが、もっと自身の健康に注意を払い、自分のカラダのケアをしていたら、もっと違った人生があったのかなぁ、とも思います。
今の私は、その時の父の年齢を超えました。
わたし自身も、いつ大病するかなんて、わかりません。
でも、万が一、大病を患うことになったとしても、『自分では十分に気をつけていたけど、病気になった』というのと、『もっと健康に気をつけておけば、こんな病気にはならなかった』というのとでは、全然違います。
自分がやるだけのことをやった上での病気(結果)であれば、後悔するよりも、早く現状を受け入れて、前に進むことができると思いますが、悔いが残れば、前に一歩踏み出すにも時間がかかります。
わたしはいつも、心のどこかで、40代で健康も仕事も失った父の姿を覚えていて、健康に勝るものは何もない、ということを心から感じているのだと思います。
失った時間は取り戻せない、だからこそ、今の生き方が大事になってきます。
今この時にできることをやる、それが大事と思っています。
両親と時間を過ごす
わたしが両親と時間を過ごせるのは1年に1度です。
両親は71歳です。
父は大病したこともあり、現在介護4で、ほぼ寝たきりとなりました。
母は元気ですが、平均寿命を考えると、生きてもあと10 ~15年ぐらいでしょう。
だから、年に1度ぐらい、長く実家に帰って、両親と一緒にテレビを見たり、おしゃべりしたり、美味しいものを食べたり、時間を一緒に過ごします。
会社の休みは12月29日からですが、わたしは12月23日、クリスマス前から12日連休で休みをとって帰省しました。
普通だったら、日本社会でこんなに長い休みをとったらヒンシュクをかうでしょうし、まず休みを申請することもためらうと思います。
でも、わたしは申請しました。
幸い上司も、すぐに承認をくれるので、わたしは日本にいても海外同様に長期休暇を取るようにしています。
職場環境は会社によっても大きく異なるので、自身の仕事の関係上、長期休暇が本当に取れない人もいると思いますが、もしも、周りが休まないから、休みづらい、だから休みを取らないという人は、一度、立ち止まって、大切な人との時間、自分のカラダのメンテナンスへの時間を考えてもらえたらなあ、と思います。
そのような職場や上司にたくさん感謝して、わたしは、また来年も200%ぐらいの気持ちで仕事に励み、会社に大きなリターンをもたらせるように仕事をします。
みなさんも、どうぞ、今この時を大切に、自分のカラダと心を大切に、そして、一番大事な人達との時間を大切にしてくださいね♪
byちびまる