空飛ぶちびまる (自由気ままに)

おひとり様女子のエッセイ

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自分の見方を変える

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画像:photoACfujiwaraさん

 

試練と向き合う

 

試練、それは

 

その時の苦難を乗り越えるための力試し。

 

生きていれば誰だって、幾度となく立ちはだかる試練と向き合わざるを得ない。

 

試練の種類も、大きさも、人それぞれ。

 

試練を苦しいと思いくじけるか、それとも、とてつもないエネルギーで立ち向かえるかどうかは、「その先にあるもの」への思いの強さで違ってくるのかなと思います。

 

わたしの場合、性格上、我が強く、自己中心的、自分の思いが最優先、というところがあるから、「人間関係」にまつわる試練が多いです。

 

めっちゃ不器用な性格ゆえ、自分の気持ちと折り合いをつける苦労が多いです。

 

仕事においてもプライベートにおいても、自身の感情や思いの強さを上手く軌道修正できず、多くの場面で人と衝突したり、ギスギスしたりして、その都度、わたしは、その関係性を捨て去ることで、自分の身を守ってきました。

 

賢い人であれば、もっと、自分の気持ちに折り合いをつけて、周囲と上手く調和する、協調するなど、自然とできるのでしょうけれど、わたしは、それがあまり上手くありません。

 

都合の悪いもの、自分にとって必要のないもの、自身の生活に関与させたくないものは、全部、過去に捨ててきました。

 

でも、その結果、人間としての成長もない^^;

 

50歳を目の前にして、やっと、「これじゃ、たぶん、ダメなんだろうな」という意識が芽生えてきました。

 

いわゆる「気づき」っていうやつです。

 

 

自分の見方を変える

 

まだ、そんなにできるわけじゃないですけど、上手くいかない時は、自分の見方を変える努力をしています。

 

納得いかない、「それって、違うと思う」と、まぁ、大変。

 

まず、相手の言葉が耳に入ってこず、頭っから、「違うでしょ」と思い込んでしまう。

 

それが、今までのわたしであり、現在進行形のわたしです。

 

でも、なんとか、そういうシチュエーションに遭遇した時には、

 

耳はふたつ

 

ということをビジュアルで思い出す努力をし、

 

「自分の考えがいつも正しいとは限らない」

 

という字面をイメージするようにしています。

 

そして、

 

まずは、自分の頭を横に置いて(イメージ)、

 

目の前にいる相手の話を聞いてみよう、

 

と自分に向けて言ってみます。

 

また、今目の前にある議論の内容が、どれほど自分にとって重要なものであるかを、考えるようにしています。

 

自身の人生をかけても、譲れないことなど、そうそうない。

 

と思えば、たいていのことなど、大したことではないと思えます。

 

また、わたしは、ゼロサム的な思考回路に陥りやすいので、100%を求めるのではなく、70%OKなら走ってみようと思うように心がけています。

 

相手に完璧を求めない。

 

相手に自分の要望を押し付けない。

 

そのように、まずは思うようにしてみようと、決めるだけでも、だいぶアプローチが異なってくるということがわかりました。

 

受け入れることで寛容になれる

 

ひとつ発見したのが、「まずは、相手を受け入れてみる」というのを実行してみると、あら不思議、なぜか寛容な気持ちになってくるのです。

 

「そうだね、あなたの言う通りだね。」

 

「そうだね、そのことに、わたしは感謝しないといけないね。」

 

「そうだね、そうだね」と、まずは、相手が「こうだ!」と言う主張に対して、それを受け入れることにより、特に大きなインパクトがないとすれば、受け入れるほうが、何かと上手くいく、ということに気がつきました。

 

たとえ、すべてに対して「そうだね」と心から思えないとしても、受け入れることで、相手が心地よく思い、そして、受け入れてもらったという安心感を得られることで、その後のやりとりがスムーズにいくようなら、そうしたほうが得策ということがわかりました。

 

ある意味、「自分を押し殺す」ことになるかもしれませんが、もっと、先を見据えて、目の前の快楽(自身の意見を押し通すこと)を捨てる選択をすることで、より、人生はストレスフリーで生きられるのではないかと、最近、ちょっと思ってます。

 

我が強いと、なかなか難しかったりもするんですが、「まずは、やってみる」価値はあるのではと思います。

 

それでは、みなさま、Happy チョコレート Day !

 

by ちびまる