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他人に興味がないでしょ!?と言われてしまう自分を自己分析してみる

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他人に興味がないのか?

 

「他人に興味がないでしょ!?」というのは、よく言われる言葉。

 

友達と話しをしている時に、自分ではちゃんと相手の話を聞いているつもりでも、なぜか言われてしまうこの言葉。

 

なぜか男友達からは、

  

「自分に興味のない話だと、心ここにあらず、っていう顔してるよねぇ笑」と

 

十中八九言われます

 

ちびまるこちゃんが、「へぇ~なるほどー」という感じなんだそうです。

 

なるほどーって思ってないくせに、なるほどーって言っている感じなんだそうです。

 

自分としては、そんなつもりはこれっぽっちもなく、ちゃんと話を聞いているつもりなんですが、どうも、そういう雰囲気を醸し出してしまっているようなんです。

 

悩みというほどの悩みでもないのですが、地味に悩んでます

 

なぜそう感じ取られてしまうのかわからないので、キーワード:「他人に興味がない人」ググってみました。

  

でてきました、「他人に興味がない人」の特徴の記事がたくさんでてきました。

 

Google検索で一番トップに出てきた、Mayonezさんの記事他人に興味がない人の性格・特徴10コ|関心が薄い人との付き合い方-Mayonezを参考に自己分析をしてみました。

 

思いのほか、自分に当てはまっていてびっくりしました。

 

自己顕示欲が強い

 

自分の人生に責任を持てるのは自分だけ。

 

楽しくするも、つまらなくするも、それは自分次第。

 

と強く思っているわたしは、基本的に自己中心的な性格だし、自分の人生の主役は自分と思っているところが非常に強いのも確か。

  

自己顕示欲と承認欲求が強いというのも、自他ともに認める事実です。

 

マズローの5段階欲求の尊厳欲求(承認欲求)(他の人から価値のある人間であることを認めてもらいたいという欲求、人から評価されたい欲求)が満たされていない状態です。

  

自分を認めて欲しいという欲求が人一倍強いというのは、他人に興味を持たない人の特徴としては、確かに一理あるかもしれません。

   

おひとり様が好き

 

わたしは基本的には、おひとり様が好きです。

 

〇ひとりカラオケ

〇ひとり外食

〇ひとり映画

〇ひとり旅

 

普通に楽しめてしまいます。

  

誰かと一緒に過ごすのも嫌いじゃないし、誘われれば一緒に楽しく時間を過ごせます。

 

おひとり様が好きというのは、自分がこうしたい、あーしたいって思った時、すぐに自分の意志で動ける、決められるというのが大きな要因です。

 

もちろん、ひとりで楽だから、という一面もあります。

 

裏を返せば、わたしに欠落している能力は忍耐力

 

圧倒的に欠落してます。

 

また、やりたいと思ったことを、すぐやりたい、待てない、我慢できない、すぐに行動してしまうので、身勝手=協調性の欠如、ということも考えられます。

 

付け加えると、『しがらみ』からはなるべく逃れたいと願うタイプなのです。

  

そこそこある会話力

 

仕事やキャリアの面において、「あなたの強みは何ですか?」と聞かれたら、わたしは、「コミュニケーション能力」と答えます。

 

でも、これは、話しが巧みというわけではなく、どんな相手であっても、臆することなく話をすることができるという意味で、自分はコミュニケーション能力はあるほうだと考えています。

 

相手が社長であろうと、病院の先生だろうと、大学の教授であろうと、どんなに地位の高い人であっても、また、どこの国の人であろうと、わたしはあまり緊張をすることなく、フラットに話をすることができます。

 

おそらく、その背景には、人が自分をどう思うかということを、あまり気にしていないからだと思います。

 

尊厳欲求が高いくせに、人が自分をどう思うと関係ないと思っているという、なんとも身勝手な話しなのですが、このKYぶりがタフさを生みます。

 

特に仕事となれば、自分が聞きたいことを相手にダイレクトに聞き、なるべく情報収集をしようとするため、話しが途切れることもありません

 

ただし、わたしをよく知る人々からは、「ほんと、勝手だよねぇ~、言いたいこと、そのまんま言うよね~、もっと僕らに気を使えーっ!笑」って、冗談で言われることは多々あるのですが、実際のところ、まんざら冗談ではないのかもしれない^^;

 

特別感があまりない

 

人に対して、好き・嫌い・苦手など、はっきりはしているものの、基本的には誰とでもそれなりに仲良くすることができ、これといって、特別なグループに属することがないというのは、幼少時代からずっと同じです。

 

中・高校時代は、どこにも特別に属せないからこその悩みというか、居心地の悪さはありました。

 

だから、修学旅行や遠足など、団体行動で遠出し、一緒に長い時間を過ごすのは、めっきり苦手でした。

 

誰に対しても、あんまり特別な思い入れがないため、自然の成り行きにまかせて、交友関係が続いている人もいれば、自然消滅した相手もたくさんいます。

 

基本的に、去っていく人を追うことはしないし、寄ってくる人も、自分の中で心地が良いと思う人以外は、あまり積極的にお付き合いしないほうなので、交友関係は狭く、めっきり小さい輪の中で生きています。

 

社交的で、人脈も豊富で、人望が厚い素敵な人間像に憧れたりもしますが、ありのままの自分を自分で受け入れてしまうと、自分はそういう器になれるタイプの人間ではないんだろうなぁと、爽やかに(仕方なく?)諦めもつきます。

 

行動は相手次第

 

基本的にわたしは、自分でなんでも決めたがるタイプではあるのですが、チームやグループワークの場合、決定権を委ねるかどうかは、相手にも内容にもよります。

 

プライベートでは、自分よりも先回り行動が得意で、段取り上手な人と一緒の場合は、どこに行くか、何をするかは、基本的に相手に委ねることが多いです。

 

相手にその情報収集能力や段取り能力があまりないとすれば、わたしのほうで段取りし決定していく傾向にあります。

 

また、自分にとって重要な内容であればあるほど、自分でリードしたがる、自分で決定したがる傾向は強いです。

 

仕事上においては、相手とぶつかることも比較的多いかもしれません。

 

名前を覚えられない

 

これは、自分でも呆れるのですが、相手の名前を覚えるのが恐ろしく苦手です。

 

最悪なのが、目の前にいる相手の名前を、聞いた直後に忘れることです。

 

自分でも参ったなぁと感じています。

 

目の前にいる人に関心がないとか、あるとかの以前に、物理的に持っている脳の機能として、あまり優れていないというか、瞬時に忘れてしまう自分がいて困ってます。

 

名前を聞いた直後に「お名前なんでしたっけ?」なんて聞いてら、この人頭おかしいんじゃないの?と思われてしまいそうで、なかなか聞けずに、ぎこちない会話で終始するというパターンに陥ります。

 

自分のことで精一杯

 

わたしの場合、それほど何かに熱中したり、ものすごく好きでたまらないという対象物が見つけられない一方で、何かを調べはじめたり、取り組み始めたりすると、短期間ではありますが、ずーーーっとやり続けてしまう傾向があります。

 

自分でもよくわからないところがありますが、わたしには趣味と呼べるものがありません。

 

これといって、すごく好きと言えるものがないため、1つのことについて知識を深めたり、覚えたり、熱中できる物がみつかりません。

 

何にしても、知識が乏し過ぎて、へぇ~、そうなんだぁ~と、相手が説明するのを聞いても、なかなか記憶に残らないことが常です。

 

普通の人が当たり前に知っていることを、わたしだけ知らない、ということは多々あり、ごっそり頭の中からお掃除されてしまっているのか、みんなが当たり前に知っていることを知らない自分がいます。

 

自分の無知さに愕然とすることが多々あります。

 

自分は頭の具合が悪いのか、と思うほど、自分の無知さに悩んだ時期もあります。

 

違う星で生きていたのか、と思ってしまうほど、周りの人が知っていることを平気で知らない自分がいます。

 

こんなわたしなので、目の前にいるその人自身に興味が持てないというよりも、話している内容について、深く知らないがために、あまり興味を持てないため、どうしても、薄っぺらい相槌になってしまうのかと思います。

 

普通の人が普通に興味を持つこと、例えば、スポーツ、音楽、旅行、ゲーム、ファッション、読書、映画鑑賞、グルメなど、それぞれ、盛り上がれる話題について、イマイチ盛り上がれない自分がいます。

 

盛り上がるほどの、思い入れがないのです。

 

『なぜ?』と聞かれても、自分ではわかりません。

 

これ見たい、これ聞きたい、これ食べたい、どこそこ行きたいなど、それなりの欲求はあるものの、一度でもなんとなく経験してしまうと満足してしまって、それ以上何かを掘り下げるということができない性質なんです。

  

感情表現も単純で、美味しい、嬉しい、楽しい、悲しい、寂しい、と一言で終わっちゃう感じで、表現豊かになれない、ボキャブラリーが少ないコメントで終始する感じです。

 

残念なことですが、これが、わたしなのだから仕方ありません凹

 

計画を乱されたくない

 

計画を乱されたくない、というのは一部当たっています。

 

とは言え、プライベートでは常に予定が入っているわけではなく、というかほとんど予定はないのが常ですが^^;

 

心配性なわたしは、思い通りに予定が進まないとストレスを抱えるタイプで、計画があらかじめある場合は、計画を乱されるのは好きじゃありません。

 

極端なのですが、プライベートになると、最初からまったくプランなし!で、思い立ったら行動しているケースも多く、そういった場合は、そもそも計画がないので、ストレスにもならず、上手くいかなくても、行き当たりばったりなのだから、しょうがないとあきらめは早いです。

 

婚期を逃す傾向にある

 

婚期を逃す傾向にあるというよりは、完全に逃しました。

 

というより、選択をしてこなかった自分がいます。

 

残念ながら、現世において、自分が誰かと結婚する気配はほぼ皆無です。

 

自分でも望んでいないので、婚活もしたことありません。

 

こんな状態なので、現世において婚期が訪れる兆しはありません。

 

結婚や夫婦という形ではなく、仲良しだから、なんとなく自然と一緒にいた、という間柄の人は、今後、もしかしたらできるかもしれませんが、あくまでも個と個のつながりで生きることを選ぶと思います。

 

それは、女性かもしれないし、男性かもしれないし、年下かもしれないし、ずっと年上かもしれません。 

 

男女の関係である必要はなく、お互いが必要と感じられる相手であれば、ほどほどの距離感で一緒に楽しい人生を過ごせれば、それでいいんじゃないかと思ってしまいます。

 

特に、歳をとればとるほど、性別的なことよりも、人としてのつながりを求めていくでしょうから、「この人好きだな、一緒にいると心地がいいな」という人たちの近くで生きていられれば、それでいいかなと思っています。

 

両親には申し訳ない気持ちはありますが、結婚という関係性に興味がありません。

 

 わたしなりの自己分析

 

基本的に、わたしは、他人に興味がないわけではない、と自分では思っています。

 

でも、他人のことについて、特別な関心があるか聞かれれば、それはないです。

 

また、自分にとって、大切な人との時間と関係は大切にしているほうだとは思っていますが、どんなに親しい間柄であっても、一定の距離感を保ちたいというのが本音です。

 

例え親兄弟、友人、そして恋人であっても、自分は自分、他人は他人と思うところがあって、そういったドライな部分もわたしは持っています。

 

きっとそれは、所詮、どこまでいっても『個は個である』という考えがあるからかもしれません。

 

わたしは、あまり執着がないというか、時代の流れや、その時の自分の状況に応じて人付き合いをしていくところがあります。

 

要するに、あまり「永遠や特別を感じない性質」のだと思います。

 

ロマンチストじゃないんです、たぶん。

 

自然のままに、ふわふわと、タンポポの種のように、ゆらゆらと、素朴に、そして自由に、孤独も味わいながら、いろんな人と、その時々で一緒に生きていきたいです。

 

いろんなところで出会った人との付き合いの中で、ありのままの自分出し過ぎてしまうところがあるため、その姿勢の結果、『他人に興味がない』って思われてしまう所以なのだろうと結論づけました。

 

結論としては、、、

 

『性質なので、仕方がない。』のかなと。

 

何に対しても、大きな興味を示せない性質であるがゆえ、その関心の薄さが『興味がない』と思われてしまうのだろうと思います。

 

要するに、センサーが鈍いのです。

 

性格ゆえに仕方がないとは言え、人様を不快な思いにしては申し訳ないので、なるべく配慮をする力というものを身につけなければならないなと、思っている次第です。

   

こんなわたしを受け入れてくる器が大きな友人たちは、ありがたい存在です。

 

そういった心の広い周りの人たちを、大事にしなければと思っています。

 

byちびまる 

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