空飛ぶちびまる

グローバルに働く女子のブログ

MENU

他人に興味がないでしょ!?と言われてしまう自分 他人に興味がない人の特徴を自分に当てはめてみる

スポンサーリンク

広告

 

f:id:globalcat:20171129215514j:plain

 

他人に興味がないでしょ!?と言われてしまう自分

 

「他人に興味がないでしょ!?」というのは、よく言われる言葉。

 

お友達と話しをしている時に、自分ではちゃんと、相手の話を真剣に聞いているつもりではいるけど、なぜか言われてしまうこの言葉。

 

不思議と女友達からは、そう言われることは稀(言わないだけかも!?)なのですが、男友達からは、十中八九そう言われます

 

特に飲みの席において^^;

 

どうも、彼らの言い分を聞いてみると、

 

「ちびまるってさぁ、自分に興味のない話だと、相槌が適当だし、興味がないってのが顔と態度に出ちゃってるんだよね、心ここにあらず、っていう顔してるもん笑

 

と言うのです。

 

ちびまるこちゃんが、「へぇ~なるほどー」という感じなんだそうです。

 

なるほどーって思ってないくせに、なるほどーって言っている感じなんだそうです。

 

自分としては、そんなつもりはこれっぽっちもなく、ちゃんと話を聞いているつもりなんですが、どうも、そういう雰囲気を醸し出してしまっているようなんです。

 

悩むほどの悩みでもないのですが、困ったなあ~と思っています。

 

人は、心から理解できていないことを、改善することはできません。

 

自分としては、ちゃんと聞いているつもりでいるので、なぜそう感じ取られてしまうのか、理解できずにいたので、ググってみました。

 

キーワード:「他人に興味がない人」にて。

 

でてきました、「他人に興味がない人」の特徴の記事がたくさんでてきました。

 

Google検索で一番トップに出てきた、Mayonezさんの記事他人に興味がない人の性格・特徴10コ|関心が薄い人との付き合い方-Mayonezを参考に自己分析をしてみました。

 

思いのほか、自分に当てはまっていてびっくり!

 

自分に見えないこと、気がつかないことが、他人には見えているもんなんだなぁとしみじみ思ってしまいました。

 

自己顕示欲が強く、人生の主役は自分と思っている

 

自分の人生に責任を持てるのは自分だけ。

 

楽しくするも、つまらなくするも、それは自分次第。

 

と強く思っているわたしは、基本的に自己中心的な性格だし、自分の人生の主役は自分と思っているところが非常に強いのも確か。

 

自分のやりたいことをやれる環境を手に入れるためには、周りに認めてもらわないとできないこともあるし、自分の中の地球は、自分中心に回っているのも確か。

 

自己顕示欲と承認欲求が強いというのも、自他ともに認める事実です。

 

いわゆる、マズローの5段階欲求の尊厳欲求(承認欲求)(他の人から価値のある人間であることを認めてもらいたいという欲求、人から評価されたい欲求)が満たされていない状態です

 

世間では、インスタグラムが流行り、自分が撮影し投稿する画像の「インスタ映え」にこだわる人たちが多いというのも、わたしと同じように、尊厳欲求(承認欲求)が満たされない人が多いということなんじゃないかなとも思ったりもします。

 

びみょーに、社会的欲求(帰属欲求)(集団に属したり、仲間が欲しくなる)と尊厳欲求が入り混じったような欲求を、少なからずみんな持って生きていて、だからこそ、何らかの形で自分をアピールするのではないかなと、思います。

 

自分を見てみてほしい、自分の話を聞いてほしい、自分を認めて欲しいという欲求が人一倍強いというのは、他人に興味を持たない人の特徴としては、確かに当てはまるかと思います。

 

まだまだ子供(40半ばなのに)なんですね、わたしは。

 

でも、自分を見て欲しい、自分の話しを聞いてほしい、というのは、少なからず、いくつになっても誰でも持っている欲求であって(そう思っているんですが)、わたしに対して「他人に興味ないよね=わたし(もしくはわたしの話し)に興味ないんだね」と言う人たちも、自分の話しを聞いてほしいと思うからこそわたしの関心なさそうな態度が気になるんだろうなあと思います。

 

自分の話しを聞いてくれないと感じるのは、寂しいものです。

 

自分に関心を持ってくれないんだなって感じることも、寂しいことです。

 

普通のできたオトナであれば、相手に失礼のないように、相手を傷つけないようにと、例え自分にとって関心のない話だったとしても、うまく相槌を打って、相手が快く話しができるようにその場を演出することができるのだろうなと思います。

 

きっと、その配慮をする気持ちが、わたしには欠落していて、目の前にいる人に配慮する気持ちよりも、自分の気持ちがそのまんま、全面に出してしまっているんだと思います。

 

自分では、まったく、その状態に気がつけないわけなのですが^^;

 

悪気はないけど、そういう雰囲気を醸し出してしまっている、にじみ出ているってのは、よろしくないですね・・・。

 

いわゆるKY=空気読めない な人の部類にわたしは属してしまうのかもしれないと、危機感を募らせつつ、天然と言われる歴が長いことを考えると、どうしようもない性質なのではないかと、諦めの気持ちも少しあります。

 

基本的におひとり様が好き

 

そうなんです、わたしは基本的には、おひとり様が好き。

 

〇ひとりカラオケ

〇ひとり外食

〇ひとり映画

〇ひとり旅

 

普通に楽しめてしまうタイプ。

 

ひとり遊園地、、、さえ、行けちゃうかも、と思う自分がいます。

 

実際に、ディズニーランド、ひとりで行っちゃいましたが。

 

とは言え、誰かと一緒に過ごすのも嫌いじゃないし、遊ぼーって誘われれば一緒に楽しく時間を過ごせます。

 

おひとり様が好きというのは、自分がこうしたい、あーしたいって思った時、感じた時に、すぐに自分の意志で動ける、決められる、そして体験できるので、もちろん楽だから好きという一面もありますし、自分のやりたいことに集中できる=楽しいからです。

 

わたしの基本的に持ち合わせていない能力としては、忍耐力

 

圧倒的に欠落してます。

 

やりたいって思ったことを、すぐやりたい、待てない、我慢できない、それは自分でもよくわかる性質です。

 

わたしの特徴として、誰かと時間や思い出をシェアすることは、もちろん好きだし、大事だなとも思うのですが、いつも一緒じゃなくてもいい、と思ってしまうところがあります。

 

ほどほどに一緒がいい、適当な距離感がいい、と思うところはあります。

 

ひとは一人では生きてはいけないし、完全にひとりと言うのは寂しいもの。

 

わたしは基本寂しがり屋なので、適当に遊んでもらって、ひとりで過ごす、というのが心地良いのかもしれません。

 

コミュニケーション能力は、それなりにある

 

仕事やキャリアの面において、「あなたの強みは何ですか?」と聞かれたら、わたしは、「コミュニケーション能力」と答えます。

 

でも、これは、話しが巧みというわけではなく、どんな相手であっても、臆することなく話をすることができるという意味で、自分はコミュニケーション能力はあるほうだと考えています。

 

相手が社長であろうと、病院の先生だろうと、大学の教授であろうと、どんなに地位の高い人であっても、また、どこの国の人であろうと、わたしはあまり緊張をすることなく、フラットに話をすることができます。

 

おそらく、その背景には、人が自分をどう思うかということを、あまり気にしていないからだと思います。

 

尊厳欲求が高いくせに、人が自分をどう思うと関係ないと思っているという、なんとも身勝手な話しなのですが、このKYぶりがタフさを生みます。

 

特に仕事となれば、自分が聞きたいことを相手にダイレクトに聞き、なるべく情報収集をしようとするため、話しが途切れることもありません

 

でも、仕事とプライベートでは、自分の能力を発揮するスイッチは、大きく違うかも^^;

 

基本的に、プライベートでは、のんびりだらだら、ダメ子ちゃんな一面が全面に出ます。

 

できることなら、

 

〇朝寝坊したい

〇ぐずぐずしたい

〇ぼけーっとしたい

 

実際に、大したことしてないのに、気がついたら外は真っ暗、なんてことはしょっちゅうあります。

 

仕事上では、それなりに協調性を持って、結果を出したいと思うからこそ、まわりの協力しならが仕事をすすめるようにはしていますが、プライベートでは、自己中心度合が増し、また、完全にスイッチオフになってしまうこともあり、そのギャップが激しいと、わたしをよく知る友人は言います。

 

まぁ、実際には職場においても、上司やまわりからは、「ほんと、勝手だよねぇ~、言いたいこと、そのまんま言うよね~、もっと僕らに気を使えーっ!笑」って、冗談で言われることは多々あるのですが、実際のところ、まんざら冗談ではないのかもしれない^^;

 

誰に対しても「特別感」があまりない

 

人に対して、好き・嫌い・苦手など、はっきりはしているものの、基本的には誰とでもそれなりに仲良くすることができ、これといって、特別なグループに属することがないというのは、幼少時代からずっと同じです。

 

中・高校時代は、どこにも特別に属せないからこその悩みというか、居心地の悪さはありました。

 

だから、修学旅行や遠足など、団体行動で遠出し、一緒に長い時間を過ごすのは、めっきり苦手でした。

 

誰に対しても、あんまり特別な思い入れがないため、自然の成り行きにまかせて、交友関係が続いている人もいれば、自然消滅した相手もたくさんいます。

 

基本的に、去っていく人を追うことはしないし、寄ってくる人も、自分の中で心地が良いと思う人以外は、あまり積極的にお付き合いしないほうなので、交友関係は狭く、めっきり小さい輪の中で生きています。

 

社交的で、人脈も豊富で、人望が厚い素敵な人間像に憧れたりもしますが、ありのままの自分を自分で受け入れてしまうと、自分はそういう器になれるタイプの人間ではないんだろうなぁと、爽やかに(仕方なく?)諦めもつきます。

 

決定権を委ねるかどうかは相手と内容次第

 

基本的にわたしは自分でなんでも決めたがる人ではあるのですが、チームやグループの場合、決定権を委ねるかどうかは、相手にもよるし、内容にもよります。

 

プライベートでいえば、自分よりも先回り行動が得意で、段取り上手な人と一緒の場合は、どこに行くか、何をするかは、基本的に相手に委ねることが多いです。

 

相手にその情報収集能力や段取り能力があまりないとすれば、わたしのほうで段取りし決定していく傾向にあります。

 

また、自分にとって重要な内容であればあるほど、自分でリードしたがる、自分で決定したがる傾向は強いです。

 

プライベートのことであれば、そういった性格が功を成す場合が多いですが、仕事上においては、相手とぶつかることも比較的多いかもしれません。

 

相手の名前を聞いた直後に相手の名前を忘れる

 

これは、自分でも、なんとかしたいものだと思うのですが、相手の名前を覚えられないというのはよくあります。

 

それも最悪なのが、相手の名前を聞いた直後に忘れちゃうことです。

 

これには、正直、自分でも参ったなぁと感じています。

 

目の前にいる人に関心がないとか、あるとかの以前に、物理的に持っている脳の機能として、あまり優れていないというか、瞬時に忘れてしまう自分がいて、自分でも呆れることが多々あります。

 

たった今、目の前にいる人の名前を聞いて瞬時に忘れてしまうので、会話の中で、〇〇さんと名前で呼べなくなり、非常に心苦しいのですが、名前を聞いた直後に「お名前なんでしたっけ?」なんて聞いてら、この人頭おかしいんじゃないの?と思われてしまいそうで、なかなか再度聞けずに、ぎこちない会話で終始するというパターンに陥ります。

 

自分のやりたいことで精一杯?

 

わたしの場合、それほど何かに熱中したり、ものすごく好きでたまらない、という対象物が見つけられない一方で、何かを調べはじめたり、取り組み始めたりすると、短期間ではありますが、ずーーーっとやり続けてしまう傾向があります。

 

自分でもよくわからないところがありますが、わたしには趣味と呼べるものがありません。

 

これといって、すごく好きと言えるものがないため、1つのことについて知識を深めたり、覚えたり、熱中したりできる対象物がみつかりません。

 

何にしても、知識が乏し過ぎて、へぇ~、そうなんだぁ~と、相手が説明するのを聞いても、なかなか記憶に残らないことが常です。

 

こんなわたしなので、普通の人が知っている一般常識的な知識をわたしだけ知らない、ということはざらで、ごっそり頭の中からお掃除されてしまっているのか、みんなが当たり前に知っていることを知らない自分がいます。

 

違う星で生きていたのか、と思ってしまうほど、周りの人が知っていることを平気で知らないことが多いです。

 

おそらくですが、わたしは、目の前にいるその人自身に興味が持てないというよりも、話している内容について、深く知らないがために、あまり興味を持てないため、どうしても、薄っぺらい相槌になってしまうのかと思います。

 

普通の人が普通に興味を持つこと、例えば、スポーツ、音楽、旅行、ゲーム、ファッション、読書、映画鑑賞、グルメなど、それぞれ、盛り上がれる話題について、イマイチ盛り上がれない自分がいます。

 

盛り上がるほどの、これといった思い入れがないのです。

 

これ見たい、これ聞きたい、これ食べたい、どこそこ行きたいなど、それなりの欲求はあるものの、一度でもなんとなく、経験してしまうと満足してしまって、それ以上何かを掘り下げるということができない性質なんです。

 

一言で言うと、浅いんです、何もかもが

 

感情表現も単純で、美味しい、嬉しい、楽しい、悲しい、寂しい、と一言で終わっちゃう感じで、表現豊かになれない、ボキャブラリーが少ないコメントで終始する感じです。

 

残念なことですが、これが、わたしなのだから仕方ありません。

 

自分のスケジュールを邪魔されたくない

 

これは、ありますね。

 

とは言え、プライベートでは常に予定が入っているわけではなく、というかほとんど予定はないんですけど、自分の中でやろうと思っていたことができなくなる、計画が狂うというのは、あまり好きじゃないというのはあります。

 

心配性なわたしは、結構前からいろいろ計画をしたり準備をしたりしますので、それが思い通りにいかないとストレスを抱えるタイプです。

 

極端なのですが、プライベートになると、最初からまったくプランなし!で、思い立ったら行動しているケースも多く、そういった場合は、そもそも計画がないので、ストレスにもならず、上手くいかなくても、行き当たりばったりなのだから、しょうがないとあきらめも早いです。

 

婚期を逃す傾向にある、というか、結婚を選ばなかった

 

婚期を逃す傾向にあるというよりは、完全に逃した、というか選択をしてこなかった自分がいます。

 

残念ながら、現世において、自分が誰かと結婚する気配は、ほぼ無いです。

 

自分でも望んでいないので、婚活をすることもなく、、、まず、どう考えても婚期は、もう訪れないでしょう。

 

結婚や夫婦という形ではなく、仲良しだから、なんとなく自然と一緒にいた、という間柄の人は、今後、もしかしたらできるかもしれませんが、あくまでも個と個のつながりで生きることを選ぶと思います。

 

それは、女性かもしれないし、男性かもしれないし、年下かもしれないし、ずっと年上かもしれないし。

 

わたしにも、わかりません。

 

特別、男女の関係である必要はなく、お互いが必要だなぁと感じられる相手であれば、ほどほどの距離感で一緒に楽しい人生を過ごせれば、それでいいんじゃないかと思ってしまいます。

 

特に、歳をとればとるほど、性別的なことよりも、人としてのつながりを求めていくでしょうから、「この人好きだな、一緒にいると心地がいいな」という人たちの近くに、ちょこんと、いさせてもらって生きていられれば、それでいいかなと思っています。

 

両親には申し訳ない気持ちはありますが、あまり結婚という関係性に魅力を感じないのだから、仕方がありません。

 

 わたしなりの自己分析

 

基本的に、わたしは、誰とでも、何にでも、どこにいても、あまり執着がないというか、それなりに大事ではあるけれど、時代の流れや、その時の自分の状況に応じて付き合っていく習性があり、それほど、「永遠や特別というものを感じられない」のだと思います。

 

親子であっても、恋人であっても、友達であっても、どこか、ニュートラルで生きていたい自分がいるのだと思います。

 

しがみつかない、自然のままに、ふわふわと、タンポポの種のように、ゆらゆらと、素朴に、そして自由に、孤独も味わいながら生きていたいのだと思います。

 

他人に対して興味がないかというと、自分の中では決してそういう気持ちはなく、ただ話している内容に、それほど目をキラキラさせて興味を持てなかったりだとか、何に対しても「特別」を感じられなかったりだとか、他人の目を気にしないで生きて、自分のありのままを丸だしにしてしまうとかそういった習性があるから、他人に興味がないって思われてしまうのだろうと、結論づけました。

 

結論としては、、、

 

これが、わたしなのだから、しょうがない。

 

基本、自由気ままに生きることを選んじゃっているのだから、まぁ、仕方ないかなと。

 

でも、わたしのまわりにいる、みなさんに伝えたい。

 

決して、あなたの話を聞いてないわけじゃないですよ^^

 

ちゃんと、話しは聞いてます。

 

 

でも、何に対しても、大きな興味を示せない性質だっていうだけなのです。

 

ただ、それだけなのです。

 

センサーが鈍い!?だけなんでーす。

 

とは言え、それなりの人としてのセンサーは、ありますよ、わたしにも。

 

感動する映画をみたら涙も流すし、好きな音楽を聞いたら気持ちも高揚するし、美味しいものを食べればルンルンするし、どちらかというと、子供のように、わ~っ♡って、自分のセンサーに引っ掛かたものに触れれば、感動をあらわにするのですが、かくかくしかじかの話しには、あまりセンサーが働かないっていうだけです。

 

一言でいえば、子供のように、勝手な生きものってことですね、はい^^

 

byちびまる 

フッターの欄