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成長したいなら、自分とは真逆のタイプとも付き合ってみる

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ブレない生き方の裏返しは頑固者⁈になるリスクも

 

40代半ばぐらいになってくると、そろそろ自分の生きるスタイルが固まってきます。

 

自分の経験ベースで、自分なりの物差しを持って、物事の善し悪しを瞬時に判断できるようにもなってきます。

 

経験値もそれなりに増えてくるので、何かを判断する際に、あまり迷わなくなる。

 

当たり前と言えば、当たり前のことなんですが。

 

歳を重ねれば、重ねるほど、その物差しは自分の中で揺るぎないものとなっていきます。

 

よく言えばブレない生き方、悪く言えば、というか、下手すりゃ、融通が利かない頑固なオトナになっちゃいます。

 

わたし自身、自分の進む道は、ほとんど自分の意思で決めて生きてきました。

 

自分なりに一生懸命考えて、心の声に従って生きてきた分、たくさん痛い目にも合いましたが、自分で選んだことだから、後悔はありません。

 

自分の意思を最優先に尊重してきたからこそ、自分の生きる道への自負もあります。

 

わたしはこんな感じで、自分の意思だけに従ってわがままに生きてきた分、自分なりの価値観や生きるスタイルを強く持っています。

 

わたしのように、良くも悪くも自分のやりたいように自由に生きているタイプの人は、自分なりの価値観やこだわりが強い分、頑固さも半端ないはずです。

 

私に限って言えば。

 

頑固な年増はメンドクサイだけ

 

頑固さが増してくると、周りにとっては面倒くささが増してきます。

 

核心に迫る問題であればあるほど、融通がきかなくなりますからね。

 

歳を重ねれば重ねるほど、融通のきかなさが強度を増してくるので、やっかいです。

 

特に、協調性の高さや自分よりまずは他人への配慮が美徳とされる日本においては、わたしのようなワガママで頑固ちゃんは、下手すりゃ、かやの外に完全に追いやられます。

 

理解をして付き合ってくれる人は、よっぽどのオトナか同類の人種、もしくは変わり者ぐらいです。

 

自分の意思を優先し自由に生きている野良猫タイプの人は、一言で言えば、非常に自分勝手な生き物で、人によっては邪魔だな〜、と思われる存在になってしまう。

 

本物の猫ちゃんなら、「ワガママ猫ちゃん、仕方がないなぁ、もう。でも、ツンデレでも可愛いから許してやるか。」と大目に見てもらえますが、それが年増の人間となると、世間はなかなか許してくれません

 

許してもらえるとしたら、そのワガママ頑固の度合いよりも、「この人、すっごいねー」と、周りよりもずば抜けた才能を持っていることが条件なんじゃないかな。

 

嫌なやつだけど、尊敬に値する才能を持っていれば、多少のワガママも大目に見てもらえる気がします。

 

残念ながら、わたしには、周りよりも飛び抜けた才能があるわけでもなく、可愛い猫ちゃんにもなれないので、どこかのタイミングで、精神面でワンランクアップを目指していかないと、と思っています。

 

融通をきかせられる「あそびの部分」を持てるように、学ぶことを意識的にやっていかないと、ただただメンドクサイ、可愛げのない、ばあちゃんになってしまいそうで、危機感は半端ないです。

 

私のピュア度は世界遺産並み⁈

 

わたしをよく知る友人は、わたしのピュア度は世界遺産みと言います。

 

当の本人は、その意味を理解できずにいるのですが、良くも悪くもピュア度は高いんだそうです。

 

ピュアといえば聞こえは良いが、要するに子供の心を持ったままオトナになっちゃった、ということかなと。

 

言われてみると、わたしは意外と傷つきやすく、脆い一面もあります。

 

幸い鈍感力に長けている部分もあるので、上手く中和されてる感もあるのですが、他人から向けられた言葉や態度の意味に気がついた時には、そりゃもう、堪えますし、どーんと奈落の底まで突き落とされます

 

そういった意味では、子供のように傷つきやすいガラスの心を持っています。

 

心が明け透けな分、防御力は軟弱なので、もろに打撃を受けます。

 

時々、何気なく言われた言葉がガツーンんと響いちゃって、涙ポロポロになる時もあります。

 

オトナの階段を登る手前で横道にそれちゃって、どっかで道草したまんま、下級の階段踊り場で遊んでいる状態なのかなと(^^;

 

オトナな女性になるタイミングを完全に逃したまま、現在進行中のわたしの人生。

 

素敵なオトナの女性になりたい反面、子供の気持ちのままでいたい自分もいて、毎日その葛藤の狭間で生きています。

 

 

これまた勝手な言い分ですが、なんとなく、仮に、自分がスマートで品のある大和撫子な女性にワンランクアップしたとして、、、

 

「わたしの個性死んじゃうんじゃないか⁉︎」

 

とか、

 

「つまらないワタシになっちゃうんじゃないの⁉︎」

 

という、大和撫子になってみてから考えろ!」と突っ込まれそうな、いらぬ心配もしたりするのです。

 

ホント、いらぬ心配と、自分でも突っ込んでいる毎日です。

 

成長したいなら、自分と真逆のタイプと付き合おう

 

成長したいなら、自分とは全く異なるタイプの人と付き合うのが大事ということを聞きます。

 

最近になって、やっとその意味が少しだけ理解できるようになりました。

 

私が勝手だから、自分の思うように生きたいし、一緒に時間を過ごすなら、自分でも自分にとって心地良い相手が良いと思って今まで生きてきました。

 

根本的な考え方には変わりはないのですが、最近になって、自分とは真逆のタイプ、もしくは異なった価値観、違った目線や感覚を持っている人、違うステージで生きている人と付き合うのも、いいんじゃないかと思えるようになりました。

 

正直なところ、自分とは真逆の考えや生き方をしている人と時間を過ごすのは疲れます。

 

そして、時には意見の衝突や摩擦も生じるので、お互いが不愉快に思ってしまうこともあります。

 

それでも、やっと、最近になって、そういった時間の過ごし方には意味があって、自分の成長の糧になると思えるようになってきました。

 

自分とは違うから、羨ましく思う反面、やっぱりわたしには無理だなと思ってみたり、相手の言葉や姿勢から、自分の今を見直しせざる終えない感情に支配されることもあります。

 

ちまたの自己啓発本には、感情を理性でコントロール、なんていうものを多々拝見しますが、今のわたしは、感情をコントロールする術を持っていないので、素直な感情に身を任せ、特にぐさっと傷ついた時の感情を利用して成長しようと考えています。

 

心への衝撃が大きければ大きいほど、わたしは成長できる チャンスが大きいと考えています。

 

しんどいですが、自分の至らなさや、情けなさを痛感すればするほど、意識が高まるので、成長できるんじゃないかなと。

 

自分の嫌な部分を直視するのは、正直苦しいし、辛いもの。

 

自分の誇らしげな一面も自分で認めつつ、飴と鞭の割合が7:3ぐらいがちょうどいいかも。

 

あんまり自分の弱点ばかりと向き合っちゃうと自信喪失になってしまうし、生きるのが苦しくなっちゃうし、元気がなくなっちゃうから、ほどほどに。

 

自分の人生に責任を持てるのは自分だけ。

 

楽しくするのも自分、つまらなくするのも自分。

 

いろんなことを感じながら、自分の良いところも、ダメなところも受け入れて、今日も楽しく生きよう^ - ^

 

byちびまる

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