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久しぶりの日本社会でのギャップを体験【第22話】

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11年間のシドニー生活を終えて、仕事の都合で2009年本帰国しました。

 

20代後半~30代前半という働き盛りをシドニーで過ごしたわたし。

 

帰国したばかりで、日系企業に働くのを久しぶりに経験した際には、いろいろギャップを感じました。


タイムカードを押す


これは、たぶん、一番の衝撃

 

タイムカードを押したのは、10代にコンビニでバイトした時ぐらい。

 

社会人になって、それも時間給ではなく、年俸で働く身でもタイムカードを押すというのは、えらく違和感を感じましたが、郷に入ったら郷に従えです。

 

わたしが選んだ会社のルールなのだから、仕方がありません。

 

毎日、ガチャン とタイムカードにパンチします。


玄関で靴を脱ぐ


これも、びっくりしました!

 

自宅の玄関で靴を脱ぐのは、もちろん日本人なので、違和感ないですが、会社の玄関で靴を脱いで、下駄箱に靴を収納する、というのは、これまた衝撃。

 

下駄箱に靴をしまうというのは、高校生以来、はじめてのことでした。

 

お掃除当番

 

お掃除は、業者さんにお願いするものだとずっと思っていました。

 

海外では、毎日夕方になるとお掃除の方々がやってきて、オフィスのお掃除をしてくれます。

 

なので、社員が会社のお掃除をするというのは、まずありません。

 

今の会社も週に2回、お掃除やさんが、トイレ掃除やごみ収集、掃除機をかけたり、ということをしてくれます。

 

お掃除当番のお仕事は、

 

毎朝玄関のお掃除
ポットにお湯を準備
キッチンの三角コーナーのゴミの処理
布きんを除菌する

 

これだけです。

 

このお掃除当番、女子だけです。

 

男性は当番のメンバーには入りません。

 

これも、日本特有だなぁ、、、と しみじみ思った次第です。

 

でも、ここで、ごねるつもりはありません。

 

郷に入ったら郷に従えです。

 

それが、今私がいる会社のルールであり、企業文化なのだから、それは、受け入れることにしました。

 

わたしは、基本、お掃除が好きなので、あまり苦にはなりません。

 

デスク周りのプライバシーがない


海外では、個々のデスクがパーテションで区切られ、プライバシー、個人空間が確保されます。

 

でも、うちの会社は大きな1つの部屋に、平机をただ並べて、上司の隣や前で仕事をしてます。

 

これをUSAの代理店の人達に話をすると、ものすごく驚かれます

 

ある程度、役職がついている人達は、普通は個室で仕事します。

 

わたしの上司(取締役)は、部下であるわたしの隣で仕事してます。

 

それもパーテションなし。

 

わたしは、個人的には、だたっぴろいところで、みんなの顔がすぐ見えるところで仕事をしたほうが良いと思っています。

 

理由は、コミュニケーションの円滑化、迅速化です。

 

わたしはどちらかというと個人主義者ですが、日本の集団主義的な習慣も、良いところがたくさんあると考えています。


有休休暇が2年を超えると繰り越しできない


これは、今でも、納得いかないです。

 

海外では、ある程度、適度な休暇を取るように促しはされるものの、繰り越された有休休暇が消滅するなどということはありません。

 

有給休暇はお金と同じです。

 

個々人の権利および支給されたお金と一緒です。

 

よって、退職する際には、お金で換金されるか、最後に一気に消化します。

 

また、多くの日本人は長期休暇を取らないですし、有休休暇が消滅することは、仕方がないと考えている人が多いように思います。

 

わたしは、この点については、合意できません。

 

自分の有休を投げ捨てる、というのは、お金を捨てるのと一緒です。

 

お休みを取っても、給与が支払われるのです。

 

なので、わたしは、どんなに周りが、周りに遠慮して、休暇を取らないとしても、わたしは堂々と取りますし、有休を捨てることはしません。

 

ホリデーについて何も聞かない


海外では、長期休暇を取ったり、出張から帰って来たりして、久しぶりに職場に顔を出したりすると、「ホリデーはどうだった? どこに行ったの?」とか、「出張はどうだった?」と、必ず誰かしら声をかけ、世間話をします。

 

でも、なぜか、わたしの職場では、誰も何も聞きません

 

久しぶりに会社に顔をだしても、何事もなかったかのように、普通に、「おはよう~」ぐらいしか言いません。

 

海外では、週末をはさんだだけでも、「週末どうだった?」など、チャットをします。

その点は、ちょっぴり寂しさを感じます。


目の前にいても、メールでしか会話しない


これも、びっくりしました。

 

目の前にいるのに、メールで会話します。

 

声をかけて、口頭で聞いちゃったほうが早いのに、メール連絡だけで、コミュニケーションを終わらせようとする人がいます。

 

また、異常に、「証拠を残したがる」人もいます。

 

おそらく、言った、言わない、があるからでしょう。

 

多くの人への情報シェア、もしくは、書面で残す必要があるもの(承認事項など)、トレース目的で、メールで残す必要がある会話もあることはわかります。

 

わたしも、重要な決定事項や、契約関係などは、もちろんメール文書で記録を残すリスクヘッジはします。

 

でも、なんでもかんでも、連絡事項、確認事項をメールで済ますというのは、反対派です。

 

メール、文字だけでは伝わらないことはたくさんあります。

 

実際に顔を合わせて話をすることは大事と思っています。

 

また、直接聞いて話しをしたほうが、情報収集も早いため、仕事が迅速に進みます。

 

メールを出したけどまだ返信が来ない=だから、まだ仕事が終わってません、 という人をみかけると、じゃぁ、なぜ、実際に、相手をつかまえて話にいかない?、なぜ電話しない?、なぜ、ただ、ひたすら待つのか?、受身の姿勢が理解できません。

 

対面で話すをの極端に嫌がる人がいますが、人とはなるべく、直接会話をしたほうがいいと思います。

 

実際に、話しをすればわかってもらえること、すぐに対応してもらえること、たくさんあります。

 

また、相手が忙しいのを承知の上で、時間を割いてもらいます。

 

だからこそ、できる限りの準備をして、相手に物事を聞きに行きます。

 

目を見て話さない

 

わたしは、昔から、人と話をするときは、目を見て話をします。

 

日本人を含むアジア人は、目を凝視して話すことに抵抗がある人が多いかと思います。

 

これは、大学院のMBAで改めて学びました。

 

なので、強要はしませんが、まったく目を見て話さない人の場合、わたしはあまり信用できません。

 

なぜなら、その人の意思が伝わってこないからです。

 

以前、日本人の人と話をしている時に、わたしはあまりにその人の目を見て話を聞くので、「僕の顔になんかついてる?」と質問されたことがあります。

 

そのぐらい、顔をじっと見られると不快と思う人もいるということを知りました。

 

そういうものかと思いましたが、それでも、わたしは基本、ちゃんと目を見て話す人を信頼します。

 

会話に主語がない

 

英語では、誰が、誰の、誰と、いつ、何を、など、主語、述語、目的語など、しっかりとした文章構成で話をします。

 

わたしが日本にきて、一番戸惑ったのは、会議をしている時など、今は何の話を、何のためにしているのかというのが見えない、ということです。

 

職場で会議をしていて、何について話をしていて、どこを目指しているのかが、わからないことが多々あります。

 

それはおそらく、主語が欠落すること、そして、結論や要点から話さず、細かい詳細から話をしようとする人が多いからです。

 

面が見えないまま、点をあれこれ話をされても、なんのことやら、さっぱりわかりません。

 

よって、わたしは、必ずAgenda (議題)、Objective (目的)をもって、Conclusion (結論)をどのように持っていきたいのかを明確にしてから会議に臨みます。

 

そうでなければ、ただ集まって、時間を過ごして、何の収穫もないまま、会議が終了し、時間を無駄にしてしまいます

 

時には、ブレーンストーミング、雑談目的で、何も決めずに、ただただ、その人と話をする、その人が何を考えているのか、どう思っているのか、相手を知るために時間を過ごすこともあります。

 

雑談から、大切なものが見えてくることもたくさんあります。

 

よって、用途によって、時間の使い分けをするようにしています。

 

自己主張がない、意見がない

 

海外では、会議中に、いろんな人の意見が飛び交います。

 

それは、議論する必要があるからこそ、集まって会議をするからです。

 

でも、職場での会議では、誰かがプレゼンをしても、うんとも、すんともなく、相槌もない、質問もない、議論が発展しないという光景をみかけます。

 

要するに、自分はどう思うのか、それはなぜなのか、なぜ賛成なのか、なぜ反対なのかなど、自分の意見を発さない人が多いです。

 

そもそも意見を持っていない=何も考えてない のか、自論をもってはいるものの、発言する自信がない、言いたくないだけなのか、わかりません。

 

でも、これでは、グローバルビジネス現場では通用しません

 

何も意見をしない、反応しない人は、「いない、無、不要」と思われて終わりです。

 

まず、信頼関係作りはできませんし、尊敬も尊重もされません

 

相手の意見を聞いて、自分の意見もぶつけて、考えをまとめたり、戦略をねったり、交渉をしたり、合意、反対、妥協点を見つけたりしていくなかで、相手との人間関係構築をしていきます。

 

外国企業と仕事を一緒にしていくには、提案をしたり、課題を投げかけたり、時には、言いたくなくても、言わなくてはならないことを丁寧に伝えながら、相手に自分をわかってもらう必要もあります。

 

思いや考えを言葉にしなければ、何も伝わりません。

 

多くの国の人達と関わってきた経験から考えると、言わなくてもわかるだろう、それぐらい察してくれるだろう、で通用するのは日本だけです、おそらく。

 

よって、国際ビジネス上で、曖昧な回答をしてしまうと、誤解されるリスクも高いです。

 

ギャップを感じながらも日本で生きていくには


一度、海外に長く出た人が、日本に帰ってくると、日本のしきたりや文化を受け入れず、海外で経験したことをそのまま日本に持ち込む人がいます。

 

日本から海外に出た人が、日本にいる時と同じ外的環境やサービスを求めるのと同じかもしれません。

 

自分が、その土地で生きていくと決めた以上、その土地のルールや文化に、自分を軌道修正していく力がないと、いつまでたっても不平不満ばっかり言って、幸せにはなれません

 

どこにいても変わらない自分の考えを持つことは大切ですが、生活習慣やその土地になじむ努力は、国内だろうと海外だろうと同じです。

 

海外ではこうだった、だからわたしはこうしたい、

 

日本だったら〇〇なはず、だから、海外でも〇〇じゃなきゃおかしい、

 

といっていたら、いつまでたっても平行線、つまらない人生です。

 

自分が今いる場所の人達や土地柄を理解して、なるべく順応する努力をする、それでも肌に合わないと思えば、その土地を人や文化を責めるのではなく、自分が、自分の肌に合う場所に移動することです。

 

それはおそらく、働く環境も同じですね。

 

どうしても合わなかったら、合う場所に自分が動く、それが必要だと思います。

 

byちびまる

 

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