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海外ビジネス 仕事上で友達になった外国人に頼まれた人探し

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恐るべしネット社会の情報検索

 

仕事を超えて友達になっちゃった、アメリカ人から頼まれた人探し。

 

探し人は日本人男子で、姓名ともに、めっちゃ普通に、どこにでもありそうな名前の持ち主。

 

名字は、日本の名字多い順トップ10入りしちゃう100万人以上いる名字

 

名前もググったらたくさん出てきちゃう名前。

 

個人の住所や連絡先の特定なんて、個人情報保護法に引っ掛かっちゃうだろうから、まず見つけるのは大変。

 

探し人を見つけることを引き受けたものの、前途多難だなぁ。。。と思っていました。

 

が、しかし、、、!

 

たった1日で、探し人を特定できちゃいました。

 

MBAで培った情報サーチ能力が役に立ちました。

 

キーワードを組み合わせて、さまざまな角度からググって絞り込んで特定ができたのですが、今更ながらインターネットってすごい!と思うのと同時に、インターネットって怖い!と思っちゃいました。

 

完全に連絡先をゲットしたわけではないのですが、どこで、何をしている(いた)人、というのを顔写真付きで特定できました。

 

友達のお母さんに、顔写真付きの情報を送ったところ、、、

 

it's him!!! (彼よ!)

 

と、めでたくビンゴ!

 

顔写真があったからこそ、特定ができました。

 

写真情報ってすごいですね、一発で特定できちゃいますからね。

 

今回の場合は、名前がどこにでもたくさんありそうな名前ということで、名前だけでの検索では見つけられなかったのですが、その方が卒業された米国の大学名との名前のキーワードで1つの情報が合致したので、一挙に絞り込めました。

 

今回、氏名の漢字もわからず、ローマ字だけでしたが、外国の大学名と日本人の個人名が完全一致することは、まずあんまりないです。

 

また、その2つのキーワードがWeb上で公開されることも、普通だったらないと思うのですが、幸いその方は、ある組織の中で上層部の役職をお持ちでしたので、インターネット上の公の場に、経歴と共に紹介されていたので、検索がヒットしました。

 

最初は、ローマ字や英記名で検索をかけたのですが、ぜんぜんヒットしなかったので、名前は思い浮かぶ漢字を当てはめ、大学名は日本語名と英記名など組み合わせをいくつか選んで検索をしましたところ、名前は日本語(漢字)で、大学名は英記名でヒットしました。

 

自分の名前を検索をしてみたところ・・・

 

名字も名前も珍しいわたしの場合は、いとも簡単に、名前検索だけで見つけられちゃいます汗

 

ググって1ページ目の一番目に出てきます。

 

悪いことはできないですねぇ。。。

 

特に画像検索などした日には、顔写真付きでバッチリ1番トップにでちゃう

 

怖いですねぇ。。。

 

名前が珍しいのは、初対面で会った時に覚えてもらいやすいので、営業畑の私の場合は、得な面もあるんですが、表に出たくない、早く、自分のことはそーっと忘れて欲しい・・・なんていう場合には、めっちゃ不利、バッチシ覚えられてインプットされてしまいます。

 

恨まれないように、気をつけよぉぉぉぉぉっと。

 

探し人、特定できたんだけど・・・

 

名前と顔写真で探し人の特定ができ、また所属先もわかったのですが、なんせ、お相手の方はご高齢ですので、正直なところ、ご本人がご顕在かどうか定かではありません。

 

見つけた情報も、数十年前の情報と、とにかく古い

 

まずは、なるべくこちら側も個人情報を出さない努力をしながら簡単に背景を探し人コンタクトの手掛かりになりそうな組織の照会窓口に説明をして、また、探し人の個人情報にも気を使いながら、探し人への伝言をお願いするという、人生初めての経験。

 

相手方の組織の方々も、個人情報取り扱いには難しさを感じるでしょうから、探し人にわたしのメッセージを伝言して頂き、探し人がコンタクトの意志がある場合、ご本人様から、わたしに連絡をしてもらうように段取りをしました。

 

まぁ、この段階において、わたしのめっちゃ珍しい個人名と連絡先はお相手の方々には公開となるわけなのですが。。。

 

ベストシチュエーションは、

 

〇ご本人が健在で連絡がとれる

〇ご本人にも会いたいという気持ちがある

〇面会のセッティングができる

 

という流れなんだけど、仮にご本人が健在であったとしても、その方に会いたいという意志がなければ、どうしようもありません

 

でも、こればっかりは、ご本人にしかわからないことだし、こちら側の依頼人が、いくら会いたいと思っていても、相手方の探し人は、もしかしたら、会いたくないかもしれません

 

人は長い年月をかけて、いろんなものを背負って生きているわけですから、他人には計り知れない思いや、いろんな事情があるかもしれません。

 

音信が不通になるということは、それなりに理由があるはずです。

 

万が一、相手方の探し人がコンタクトを望まないということであれば、どんなにわたしの友人のご家族がコンタクトを望んだとしても、わたしは、その相手方(探し人)のお気持ちも、尊重しなければならないと、考えています。

 

また、コンタクトを望まれない理由についても、聞く必要はないと思っています。

 

コンタクトを望まれないと言っている相手の人生に、そこまで踏み込んで聞く理由もないし、相手方にとっても、理由を聞かれる筋合いもない、と思うのです。

 

お互いがずっと会いたかったーということであれば、気持ち的にも楽ですし、つなげやすいのですが、必ずしもそうとは限らないということだけは、友人にも友人のご家族にも明確にお伝えしつつ、人探しのお手伝いを引き受けました。

 

人と人とのつながりとは、不思議なもの

 

中島みゆきの歌で、「糸」という歌があります。

 

カラオケランキング(40~50代)で1~2位になる曲のようです。

 

糸の歌詞の中に、

 

縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は仕合わせと呼びます

引用:中島みゆき「糸」歌詞より

 

深いなぁ~と、しみじみ思います。

 

幸せ(幸運、幸福)というより、仕合せ(めぐり合わせ)という漢字を使うところが。

 

いろんなところで、いろんな人と、すれ違ったり、話しをしたり、時を過ごしたりするけど、その場だけで過行く人もいれば、一定の間一緒に時を過ごす人もいれば、断片的にでも、ずっと一緒に時を過ごす相手もいます。

 

長い間、誰かと繋がっている、というのは、奇跡に近いことなんだなーと思います。

 

でも、人とのつながりは、時間の長さ、だけではありません。

 

一瞬の出会い出会いであっても、一瞬でも絡まった糸があったとしたら、それは特別な出会いであるかもしれません。

 

わたしの場合は、人とのつながりについては、自然のなりゆきに任せるタイプなので、どんなに長く一緒に居た人であっても、時の流れと共に、お互い歩く道が異なってくるようであれば、それぞれ自然と離れていきますし、なぜか、ずっと同じ方向で同じ道を一緒に歩いている相手もいます。

 

これからも、そんな風に、自然と時の流れに身を任せて、生きていきたいなーと思っています。

 

しかしながら、わたしの友人のお母さんのように、30年も前に音信不通になった相手を未だに想い、できることならまたもう一度会いたい、もう一度共に時間を過ごしたいと思えるというのは、すごいなーとも思いますし、羨ましくもあります。

 

わたしも、どこかに、自分のことをそんなにも長い間、思ってくれる人がいるのだろうかと、考えてみながら・・・今日も、自分の毎日を楽しく、明るく、生きています^^

 

byちびまる

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