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ブログ歴6ヶ月 はじめて1日200PVを超える プロセスを楽しむ

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自分なりの、ブログとの向き合い方

 

「思いは言葉に」

 

わたしがお世話になっている、ブログ運営サイト、はてなブログのキャッチコピー。

 

素敵なキャッチだなと、思います。

 

シンプルかつ、ストレートに伝わる言葉(キャッチ)ですね。

 

この言葉をそのまま受けて、あまり難しいことは考えずに、自分が感じたことや思いをブログに綴るようにしています。

 

本来ならば、

 

〇記事ひとつひとつの目的(何を誰に伝えたいのか)

〇読み手が欲している情報

 

を意識して、アウトプットをしないと、「価値のある情報」には、なかなかな繋がらないのだろうけれど、あまりにも、「価値のある情報のアウトプットを・・・」と考えてしまうと、下手すりゃ思ってもいないことを、妙に飾りをつけてアウトプットしてしまう気がして・・・、それでは、自分の個性は出ないし、つまらない、真実ではない、と思っています。

 

そもそも、趣味で始めたブログ。

 

もちろん、「ブログサイトの収益化」という視点ではじめたブログではありますが、わたしの場合は、本業が別にあり、隙間時間にブログと向き合う毎日なので、趣味路線のほうが色濃く、ブログとはほど良い距離感で付き合うように(というか、それしかできない、というか、そうでなければ続かない、、、)しています。

 

ブログをスタートした当初は、さまざまなブロガーの人の記事を読んでは、「よ~し!わたしもがんばるぞぉ~!」みたいな、妙な現実離れした意気込みがありましたが、ブログを日々運営しているうちに、自分の立ち位置、自分の生活、自分の健康、自分の優先順位、そして、ブログと自分の距離感や向き合い方などを考える必要性がでてきます。

 

何をするにしても、それなりの、、、

 

〇労力

〇コミットメント

〇時間

 

が必要になります。

 

要するに、投資が必要になります。

 

ブログに全てを賭けている、という人の場合は、もちろん経済的な生活もかかってくるだろうから、悠長なことは言ってられないだろうし、そもそも、ブログ1本で生計を立てている、いわゆるブログのプロの方々と、自分を並べては失礼ですし、それはダメだろうと思っています。

 

立場をわきまえる、ということでしょうか。

 

ブログで生計を立てておられる方は、ブログのプロなわけですから、その方々と、自分を同じ土俵で考えること自体、大きな勘違いということも、最近、やっとわかってきました。

 

「わたし」と向き合う限り、わたしは、

 

〇サラリーマン(組織に属し、サラリーを頂いている身)

〇ブログ以外の本業に時間を費やす身

 

であるということ、実感せざるを得ない状況です。

 

よく聞く「不労所得」ですが、ブロガーと呼ばれる方々も、基本は、価値ある情報をアウトプットする=大変な情報の収集とアウトプットの知識と経験をしているわけで、それにかける時間については個人差があるにしろ、不労ではないのであって、それなりに、時間と労力は費やしていると思うのです。

 

すでに「カリスマ性」を確立したお方は、「不労」であっても「所得を得る」ことを実現されている場合があるにしても、わたしのような庶民にとっては、やはり不労所得なんぞは、ほぼ別世界の事であって、そもそも、不労を欲しているかと言えば、そうでもないかもしれない、という凡人だったりもするのです。

 

不労所得=幸せ というのは、もしかしたら、何か、特別な、才能をお持ちの方でなければ、その環境は楽しめないのかもしれないとさえ、思ってしまう、究極の凡人の才能を持っているわたしにとって、ブログというのは、やはり「趣味」となるものなのでしょう。

 

凡人ながらも200pvを超えた嬉しさがある

 

ブログスタート当初の私のプレビュー(PV)数は、おそらく、ふつーにブログをはじめた、人並みの友人の数を持った人よりも、ダントツ少ない、、、10PV以下、10PVなんて、おこがましい、3とか5とかのPV数でした。

 

そんなわたしのPV数が、ブログ開始6ヶ月目にして、200PV/日を超えるというのは、ある意味、奇跡に近いというか、何らかの形で、Googleなり、yahooなりの検索により、わたしの記事リンクを目にし、クリックをして頂いて、それも、数分間でも時間を割いて頂いて、つたないわたしの文章を読んでくださった方々がいるというのは、ありがたいことこの上ない気持ちでいっぱいです。

 

この忙しい世の中、ど素人の記事に、数分でも時間をさいて、見ず知らずの第三者に読んでもらえるというのは、正直、奇跡に近いこと、だと思うのです。

 

果たして、その方にとって、わたしが書いた文章がどれだけ、何の役に立ったのかどうかまったく見当もつかず、もしかしたら、「ふーん」と、なんとなく思われただけだとしても、なんとなく、ありがたいことだなと、思うのです。

 

ブログで生計を立てることに全力をささげている人は、それに収益が伴わなければどうしようもないことかもしれませんが、わたしにとっては、一日、1円でも、10円でも、利益が上がるという現象は奇跡であり、例えそれがなかったとしても、見ず知らずの人が、何らかの理由にて、数分でも時間をかけて、自分の文章を読む、という行為をしたということに、なんとも感慨深い気持ちになります。

 

 

ほぼ毎日、くだらないことも含めて、日記のように更新しているわたしのブログサイトではありますが、記事数がひとつずつ増えていることの証のように、PV数が着実に伸びるというのは、ある意味、「なるほど」と思うのです。

 

ブログというのは、9割の人が、その反応のなさと収益化の遅さにゲンナリして止めてしまうそうですが、例えば、その残り1割に自分が入ったとした場合、その1割の中でも、細分化(セグメントで別けられる)のだろうなと思うのです。

 

わたしの場合、間違いなく、収益化には成功していないセグメントに属する訳ですが、そのセグメントの中に置いて、わたしというのは、「何のために、わざわざ、時間を割いて、思いを言葉にして、何かしらアウトプットをしているのかしら」と思うと、感慨深いものがあります。

 

人によっては、「ムダ、そんなのやめてしまえ」と言う人もいるでしょうし、「面白いね、続けてみたら?」という人もいるでしょう。

 

わたし自身においては、なんだか、まだよくわからないけど、なんとなく、面白い、、、と思っています。

 

わたしがアウトプットすることって、9割以上がしょーもないことだと思うのですが、それでも日々PV数が伸びて、少なからず、人の目に触れることが「増えている」という現象が面白いな、と思うのです。

 

特に、アクセス解析をして、この1記事、1PVだけど、15分という滞在時間。

 

1PV=1人だけど、その人にとっては、何か、役に立ったのだろうか。。。

 

と思うと、それだけでも、意味があったんじゃなかろうかと、なんとなく、思う訳です。

 

役に立つというとおこがましいですが、何か、自分の経験が、どこかの誰かにとって、何かしら少しでも参考になるんだったら、その1記事のアウトプットは、意味があったんじゃないかな、と思えるわけです。

 

それって、なんだか、嬉しいなって、自分は思います。

 

自分の知らない誰かの、何かのヒントになるアウトプットができる自分になれたら本望だわ。

 

byちびまる

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